ノートに貼付けたランチのレシート

 二〇年前に公職を退官したのち、わたしは給料をもらう勤務先に就職したことはない。しかし一日中家にいたら粗大ゴミになりかねないので、石毛研究室という事務所をつくり、そこに毎日出勤して仕事をしている。

 そこで、本誌一二一号に掲載された「酩酊の昼食」で述べたように、昼食は外食ですますか、コンビニなどで買った弁当を研究室のベランダで食べている。

 外食店で支払いをすると、小さなレシートを渡してくれる。勤め人なら、お客を食事に招待したときには、そのレシートを会計係にさしだして料金を請求することができるかもしれない。しかし研究室を訪問した客を招待した食事だからといってレシートを女房に渡しても、わたしの小遣いが増額されることはないだろう。そこで外食店や弁当屋のレシートはゴミとして捨てていた。

 しかし、考えてみたら、昼食のレシートを貯めておいたら、それは酩酊の昼食を物語る記録になるはずだ。食文化の研究者としては、自分の食も考察の対象とするべきだ。

 ということで昨年の一月四日から一二月三〇日までの昼食会計のレシートをノートに貼付けてみたところ、全部で二三二枚になった。

 これで見ると、わたしは一年の大半は外食店や弁当の昼食を食べていることになる。

 パーティでの食事、他人におごってもらった食事、家庭での食事など、レシートをもらわない昼食もけっこうおおい。

 わたしはスーパー銭湯のレストランで昼食をとることがおおく、二二枚のレシートがある。サウナ好きのわたしは、十一時頃に研究室を出てスーパー銭湯に行き、サウナや温泉で汗を流したのち、ビールで渇きを癒やしながら食事をするのである。

 レシートの数がおおい食堂は、研究室から徒歩一〇分くらいでたどり着く七二軒の店である。そのおおくは和食を専門とする店である。そこでは、一品料理を何品かおかずに頼むのではなく、昼の定食を注文することがおおい。定食には、少量だが何種類ものおかずと、汁がセットで供される。わたしは一度にさまざまな味が楽しめる食事が好きなのである。

 レシートに記されている料理名には、盛りソバと天ぷらがおおい。ウドンのおいしい関西に長年住んでいるが、関東出身のわたしは、いまだもって関東風の濃厚なつけ汁の盛りソバが好きである。そこで天ザルソバを注文するのである。

 

 コンピューターで男性会社員の平均的昼食費を調べると、二〇二〇年の調査では五八五円であった。サラリーマンは社員食堂で安価な昼食をとることができるし、昼休み時間もかぎられているので、昼食に金をかけることをしない。

 わたしのレシートに記されている金額には、千円以上で二千円以下のものがおおい。

 食いしん坊で、ゆったりと昼飯を食べることができるわたしは、昼の外食に酒が欠かせない。酔っぱらうほど大量の酒を飲むことはないが、ビールの中ジョッキ一杯、あるいは清酒一合か、焼酎のお湯割り一杯は昼食を楽しむのに必要で、食費がかさむのである。

 三千円以上の金額が記されたレシートが、六枚ある。そのうちの最高額が三四一〇円で、近くの和食専門店である。内訳は、一〇種類くらいの和風料理に、味噌汁・十六穀米の飯をそえた昼定食が一六五〇円、ハイボール二杯が一一〇〇円、酒の一合徳利が六六〇円と記されている。ふだんよりも昼酒を大量に飲んでしまった日のレシートである。   

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