Washoku 「和食」文化の保護・継承活動の報告コーナー

「日本の食はどう変わってきたか」 (ユネスコ無形文化遺産申請の背景を考える:国内)

2013年07月08日(月)

会場 梅花女子大キャンパス
主催 梅花女子大学

REPORT

「日本の食はどう変わってきたか」 (ユネスコ無形文化遺産申請の背景を考える:国内)

今回は、東京を飛び出して一路西へ。向かうは大阪府茨木市、小高い丘の上に広がる梅花女子大キャンパス。

梅花女子大キャンパス

日本の大学では数少ない「食文化学部」を擁し、そこで「和食のユネスコ無形文化遺産申請」とも関わって特別講義「なぜ今、日本食文化なのか?」が行われるというわけだ。出張講義の講師は、農水省大臣官房政策課の武元将忠さん。久保田室長と同じ食ビジョン室所属の方である。
講義では、「ユネスコ無形文化遺産」「地域の食をどう活かすか(食文化ナビ関連)」に先立ち、「日本と世界における“日本の食”」という背景説明のセッションがもたれた。今回のレポートでは、数字的なデータも様々用いて解説された背景の中でも、特に国内に関する部分に着目してまとめてみよう。

講義の開始にあたり、大学側の担当教員として東四柳祥子先生から一言。「これは食文化学部における日本食文化研究――日本の食材・食品、今私たちが定番と思うものが一体どんな歴史を経て我々の生活の中にあるのかを考える授業である。今日は特別講義として、農水省から武元先生においでいただき、『和食』のユネスコ無形文化遺産申請の背景・経緯や国として考えられた『和食』とは(申請内容)というお話を伺うが、皆さんのイメージしているものとも対比しつつ、『和食』というものをいろんな角度から見つめ直す機会にしてもらえればと思っている」と。

教壇に上った武元さんは自己紹介の後、「今日はユネスコのことだけでなく、日本の食がどういう状況におかれているかを合わせて述べ、なぜ今回の登録申請に至ったかについてもお話ししたい」とし、さっそく「日本の食と農を取り巻く状況」について語り始めた。

武元さん

まず取り上げたのが「食料自給率の低下」(図の上)。この何十年かの食生活の変化が表れ、昭和40(1965)年頃カロリーベースで73%あった自給率が、一番新しい平成23(2011)年には39%になっている。要因は様々で、農業の構造変化や後継者問題などもあるが、食生活の変化も大きい(この辺は後述される)。
下の表が「朝食欠乏率」だ。「皆さん、今朝の朝食は食べてきましたか?」と会場に質問。手を挙げた学生さんは案外少なめ。20代が30%以上と、欠食率が高い。50代は13%。15歳以下の子どもは親が作って食べさせるため11%に留まっていると(でも、たとえ、1割でも成長期の欠食は大きな問題といいたいなあ)。特に若い20代、30代の数値はひどいもので、ここからも日本人の食生活の乱れの状況がうかがえるとした。

日本の食と農を取り巻く状況

再度、食料自給率の問題に戻り、「40%は高いのか? 低いのか?」と問う。これは、輸入が止まれば10人中6人が飢えるという数字。判断は難しいが、今と同じ食生活を続けると仮定すれば、危機的な数字となる。ただ、日本は世界から食料を輸入しているので、きちんとした貿易体制をつくれば、この数値でも安定できるのではとも。また、現在国では、50%以上に上げようとの目標設定があるが、かなり政治的に決まった数字で、けっして保証された数字ではないようだ。ちなみに、日本の場合は食料を買えるが、例えばアフリカなどの国は買うこと自体が困難で、40%は致命的と思うと。
実は、金融理論やリスク管理の観点などから学問的に数値を研究することは、まだ始まったばかりという。OECD(経済協力開発機構)の場で、この分野の研究をするよう特に日本が提案し、「食料安全保障」はより進んでいくような状況で、食料自給率の議論はもっと進化するのではないか、と語った。(つまり、自給率の問題は、その研究が進まないと何とも判断しがたいこと、というのかな?)

次の項目が「一人当たりの食事の内容と食料消費量の変化」について(図)。先ほどカロリーベースで自給率の減少を見た昭和40年度と平成23年度を比較している。具体的な食事の内容では、ごはんが一日5杯だったのが3杯に減っている。この時期の米の年間消費量を比較すると、昭和40年の112kgが、平成23年には58kgと半減。一方、肉類は3.2倍、乳・乳製品は2.4倍に増加し、明らかに食生活の変化が見られる。実は、この変化が自給率にも大きく影響しているのでないかという。

一人当たりの食事の内容と食料消費量の変化

ここで示されたのが、「経済成長と穀物需要の関係」図。経済成長に伴って、人々は食肉志向を強める。しかし肉類は1kgを生産するために何倍もの穀物(餌)を必要とする。それがこの図で、農水省ではよく説明に使うそうだ。1kg当たり、牛肉で11、豚肉7、鶏肉4、鶏卵3(各kg)。牛肉は効率的に最も悪く、自給率を引き下げるということになる。武元さんは、自分も牛肉が美味しくて食べるし、効率だけで切り換えていくのは難しいとも述べた。ただ、同じ肉でも種類で環境や農地に与える負荷が違うということを、卒業し食関係の仕事に就いた時には、頭の隅に置いてもらえるといいし、これから世界の食料を考える時などのために紹介したと。
加えて、ジビエ(野生獣)について会場に食べたことがあるかを問うて、もっと食べられないかと。今、害獣駆除されても捨てられる割合いが高い(一部は食べられる)が、猪や鹿の肉などフランス他でよく食べるし、日本でも食べられてきた歴史がある。活用することで肉の需要の裾野を広げていければと。また「いい調理法も考えて」と訴

経済成長と穀物需要の関係

さらに、参考として「主な輸入農作物の生産に必要な海外の作付面積」の図も示す。これによれば、国内の耕地面積の約500万haに対し、海外に依存している作付面積は約1200万ha。2倍以上の農地を海外から買っているイメージと。海外に依存する家畜飼料は畜産物部分となる。
もし、世界で不作が起き輸入ができなかった時には、と考えると再び自給率の問題に帰る。安全な数字とは何か。日本の食の置かれている状況は、けっして楽観できないということを理解してもらえれば、と語った。
(確かに、グローバル経済の中で、世界を意識しながら日本の食と農を考えなければならないことは理解できた。でも、国内の食料問題を考えるならば、食料廃棄物の問題はどうなのだろう。生産、流通、家庭の各段階でまだ食べられる食料が大量に捨てられているという現実。規格外として出荷されない野菜や、価格調整のためと畑で収穫されず放置されるものもある。数字として小さいのかもしれないが、農水省としてはどんな見解をお持ちなのか。この分野は久保田室長のお話にも出たことはなかったなあ。『和食』の精神を考えると、この問題も意識していただければと思いました。)

主な輸入農作物の生産に必要な海外の作付面積

少し話題を転じ、「食生活の乱れにより、健康面で様々な問題が発生」を論じる。まず、昭和55年度と平成23年度の、食糧需給表を基にしたPFC(タンパク質:脂質:炭水化物)バランスの比較だ。ベストバランスになった昭和55年度に比べ、現在は食生活の変化で炭水化物が減り、脂質が増えている(昭和55年以前は、逆に炭水化物が多くタンパク質、脂質ともに少なかったのが日本の食生活。見直そう日本型食生活という時などに想定するのは、ベストバランスの時期だ)。
脂質の増加が、肥満などの健康上の問題につながっていることを、右側の棒グラフで示す。昭和55年度に比べ、確かに肥満率が高まっている。ただし、世界から見ると日本人全体はけっして悪い数字とはいえないとも。あくまで、昔の日本人に比べて太ってきたということだと。
加えて、1970年代にアメリカで心臓病やがんが増えて医療費が増大した時、上院委員会が7年かけて行った膨大な調査と、5000ページにも及ぶというレポートの存在が紹介され、健康的なのは日本の食事という報告があったという(この時のヘルシーイメージが、アメリカでの日本食ブームを支えた一つの要因だし、こんにちの世界的流行にもつながっているんだろうな)。

食生活の乱れにより、健康面で様々な問題が発生

この後、背景としての海外の状況を、日本食レストラン数、好きな外国料理の意識調査などで解説、さらにⅡ・Ⅲセッションとして、ユネスコ無形文化遺産地域の食の活性化について語り、梅花女子大での武元さんの出張講義が終わった(それぞれ、別レポートで取り上げているので、そちらに譲ります)。

最後に、再度東四柳先生が登場。「特別講義をいただき、今の日本の食の現状、どんな問題を抱えているかよく理解でき、また世界から見えてくるものもあったと思う」と全体をまとめた。

東四柳先生

後日提出された、学生さんの感想からいくつかを紹介しよう。
「朝食を食べない大学生が多いと知り、その理由を調べたところ3つあるのがわかった。①夜型の生活リズムになっていること、②朝起きるのが遅いこと、③ダイエットのため。特に生活サイクルの変化(①②)が大きい。私自身、大学生になってから朝食抜きが多くなり、なぜかを考えると夜型の生活で起床が遅くなり、食べる時間が確保できない時に食べていないと感じた。今回の勉強会で朝食の大切さを改めて感じたので、これからは食べるようにしたい」と、特別講義は自分を省みるきっかけにもなったようだ。
「和食といっても内容は様々。根本となる家庭料理は、華はなくとも家族の健康を考えて親が作っているからこそ、和食は健康食になっているのではないだろうか。その根源、深いところを見ていかないと、和食が曖昧なものになってしまうのではないかと考える」と。まさに、熊倉先生も、「和食」はけっして洗練された日本料理(会席・懐石料理など)を指すということではなく、基本となるのは家庭の食、それは料理だけでなく、飯と汁と菜という構成、箸づかい、などなど食べ方も含めた全体的なものとおっしゃっていた。その砦である家庭の食を根本に感じ取ってくれたのは嬉しい限り。これから親となってく人たちへの期待は大きいぞ。
「最初、授業で資料を見た時には、なぜ和食がいま無形文化遺産に登録申請されたのかあまり理解できなかったが、今回の講義で詳しくわかり、日本の文化である和食が登録されてほしいと思った。普段私は洋食を食べがちだが、改めて和食の良さに気づき、食文化として和食も大切に食べようと思った」という嬉しい言葉も。皆さん、どんどん和食に関心を持って食べてね(ただ、今回登録申請された「和食」は、あくまで料理を指すものではなく、食文化・社会的慣習の全体を示す造語的なもの。私も当初、混同していました。「和食」の内容については、栄大講義1を参照ください。)
「無形文化遺産に和食が登録されたらいいとは思うが、伝統的な食文化の代表ともいえるおせち料理が最近若い世代にあまり食べられていないという現実を考えると、やはり登録は難しいのでは。私自身、おせちの食材の意味など完全に把握しているわけではないので…。先に世界に向け日本食の知識を発信するのではなく、まず国内に和食の文化を浸透させる活動を行った方がよいのでは」という意見など、冷静に自分や周りの状況を分析し、提言している。まず日本人自身へ、という方向性は、この登録を目指す活動の基礎にあるもの。武元さんも強調された点で、学生さんたちにも共有されているようだ。

(今回の特別講義は、具体的な数値なども盛り込んで、実証的に日本の食の変化が語られました。一方、食の変化としては、なかなか数値化ができないけれど、食卓をめぐる変化、食べ方の変化も大きいはず。ユネスコ申請した『和食』を考える時、背景としてもその視点は持っていきたいと感じました。)(了)