Productions 『vesta』掲載
おすすめの一冊

『行動栄養学とはなにか? -食べ物と健康をつなぐ見えない環(リンク)を探る』

佐々木 敏
vesta133号掲載

行動栄養学とは何か?」が本書のタイトルであるが、その問いに対する回答を最終章において、これまでの各章のトピックスを振り返りながら解説している。著者によると、これまでの栄養学は、「体内の栄養学」と「食品の栄養学」という大きく2つの流れがあったとのことである。前者は、生命維持や健康の保持・増進、病気の予防などに栄養素などがどのように関与しているかを明らかにするいわゆる「栄養学」であり、後者は、食品に含まれる栄養成分や加工・発酵、調理などによる影響など明らかにするいわゆる「食品学」であり、これを「モノの栄養学」とも称している。そして、「体内の栄養学」で明らかにされた関係を、栄養素の摂取源である食品につなげる研究としては、理想的な条件下でメカニズムに基づいて食品や栄養成分を投与する動物実験などがこれまでも行われてきた(著者は「分析の科学」と称している)。しかしながら、現実社会においては、人は様々な条件下で外部要因の影響を受けながら食行動として食品を摂取しているので、それらの複雑な要素を統合する「統合の科学」が必要であり、食べ物と健康をつなぐのが「行動栄養学」であると記している。そのつなぐ方法としての学問領域が「栄養疫学」であり、そこから得られた研究成果に基づいて実践することが「根拠に基づく栄養学」である。その分野の第一人者である著者の長年の研究の集大成とも言える良作である。

 第1~8章においては、「栄養疫学」「根拠に基づく栄養学」に関して、特に重要であるポイントを、クイズで問題提起し、実例について図表を使いながら論理的に説明している。理科系のみならず、文科系の研究者にとっても理解しやすいものになっている。"栄養学の経糸と横糸"、"複雑系"、"相対重要性"、"量・反応関係"、"バイアス"、"食行動を測る"、"健康栄養情報と食行動"、"社会で食べる"が、各章の副題であるが、栄養疫学における重要なポイントを網羅している。食文化を研究する人にとっても、是非、知って欲しい内容である。

 余談ではあるが、評者は6年間同じ研究室で過ごしたこともあるので、著者の減塩に対する並外れたこだわりを目にしてきた。ところが、冒頭に1日尿から推定した自身の食塩摂取量が11.2gだったと記されていたのに衝撃を受けた。日本で生活して食事をしている限りは、個人の努力には限界があることを改めて感じた。本書によって、食べ物と健康を科学的につなげることの重要性を、食に関わる様々な立場の関係者に理解して頂き、持続可能で健康的な食環境づくりに一丸となって取り組む社会が醸成されることを願っている。

国際医療福祉大学大学院教授 津金昌一郎