Productions 『vesta』掲載
おすすめの一冊

「フォーラム 人間の食」第3巻『食の展望―持続可能な食をめざして』

南直人編
vesta132号掲載

 食の文化フォーラム40周年を記念する「フォーラム人間の食」シリーズの最終巻であり、実に多彩なテーマが盛り込まれている。食をめぐる専門領域ごとの論文11章に加えて、編者が案内役の序章とフォーラム40年を振り返る総括章も担当している。さらに10編のコラムは、読者を意外な切り口にいざなう役割も果たしている。まさに記念誌にふさわしい多次元の書である。また、読み進むうちに「フォーラム」の基本理念を再確認することにもなった。古代ローマにおいて開かれた議論の場を意味したわけだが、22名の著者はそれぞれ自律的に論点を展開している。論文・コラムとも完結しているから、どんな順序で読むこともできる。
 3部構成だが、相互に関連する緩やかな役割分担が伝わってくる。Ⅰ部(食からみた現代の生活)では、日常の食をめぐる特色に着目した議論が提示される。子供の手作り弁当の意味合いや調理をめぐる学校教育の変化などを読み解いており、新聞・雑誌・テレビの情報について、長期の視野から振り返る試みも興味深い。さらに地域固有の食文化の意義を確認する観点は、Ⅱ部(多様化する食と社会)の社会的なレベルの分析にもつながっている。Ⅱ部も幅広いテーマをカバーしており、アートとも言える先端的外食と並んで、歴史としての旅と食の関係にも注目する。食文化のグローバル化とローカル化の同時進行という着眼も印象的だ。さらに医学の見地から健康な食事が考察されており、Ⅲ部(食の課題と未来)の問題意識とも重なっている。未来への課題も多岐にわたるが、大局的には十分な食料の確保と環境負荷の低減の二兎を追うことだと言ってよいだろう。経済学や農学による分析に加えて、食に関する思想形成をめぐる問題提起も興味深い。なお、Ⅲ部でユダヤ教のコーシャ認証が取り上げられるなど、それぞれの部において国際的な話題にも言及されている。
 評者なりの関心に沿って概要をピックアップしたわけだが、全体として世の中への発信に楽しく取り組まれている。そこに本書の持ち味があると感じられた。同時に、研究者・専門家が執筆していることから、どの議論もエビデンスに依拠しているところにも特色がある。ただし、専門領域に幅があることから、学術論文や報道の記録、あるいはフィールドワークの知見まで、根拠のタイプは多岐にわたる。このことも含めてエビデンス・ベースという点で、本書はとくに大学生や若手の研究者にとって有益な参考文献になるだろう。当然のことを述べていると思われるかもしれないが、食の問題はあまりにも身近であるだけに、根拠の怪しげな議論が飛び交う面を否定できない。あえて確認させていただいた次第である。

公益財団法人日本農業研究所 理事・研究員 生源寺眞一