日本酒との相性のよい酒粕入りのカレーライス

 飲み助の酩酊先生は昼食と夕食に酒を欠かしたことがない。

 肉料理には赤ワイン、刺身には日本酒といったように、食べ物にあわせて飲む酒の種類を変えながら食事をする。しかし、どの酒を飲んだらよいのかわからない料理がある。それがカレーである。

 ここでいうカレーとは本場のインド・カレーではない。家庭でさまざまな香辛料を配合して煮込むのがインドのカレー風料理で、サーグ、サンバル、コルマ、ダールなどさまざまな種類がある。 

 ヒンドゥー教の聖典である「マヌ法典」で飲酒は五大悪の一つとされているのでインド人口の八〇%を占めるヒンドゥー教徒は酒を飲まないし、人口の一三%を占めるイスラム教徒も禁酒をまもっている。そこで、インドではカレー風料理にあう酒の探求はなされなかった。

 インドを植民地とした英国が、ドラヴィダ語で惣菜を意味する「カリ(kari)」をカレー風料理の総称とするようになり、英国のC&B社がカレー粉を発売したので「カレー(curry)」という名称が世界に普及したといわれる。英国風のカレーは小麦粉で「とろ味」を加えるのが普通である。

 一九世紀になると、カレー粉が普及し世界各地でカレー料理がつくられるようになる。一八七二(明治五)年に刊行された『西洋料理指南』と『西洋料理通』が日本で最初のカレー料理のつくりかたを紹介した本であるが、書名でわかるようにカレーはハイカラな西洋料理として導入された。

 一九〇三(明治三六)年に国産のカレー粉が販売されると、皿に盛った米飯に肉や野菜をかけた「ライスカレー」が洋食店で供されるようになり、大正時代になると家庭でもつくれる洋食として普及しはじめた。

 英語を敵性語とした第二次世界大戦の頃は、軍隊ではライスカレーを「辛味入汁掛飯(からみいりじるかかりめし)」とよんだそうだ。

 一九六〇年代の高度経済成長期に「カレーライス」と呼ばれるようになり、家庭料理となった三大洋食であるトンカツ、コロッケ、カレーライスは、日本の国民食とされ、「カレー丼」や、ウドンやソバにカレーをかけた「カレー南蛮」も食べられるようになった。

 カレーライスは米飯の料理だから、米からつくった日本酒を飲んだらいいではないかといわれるかもしれない。

 しかし、わたしにはカレーの強烈な香りと辛味が、清酒の繊細な味わいを消してしまうように思われる。カレーの味に負けないように清酒の味わいを賞味しようとするなら、猪口で少量ずつ口にするのではなく、コップでがぶ飲みしなければならない。

大量の肉を長時間煮こんでつくった濃厚な味のするカレー料理には、赤ワインや、アルコール分のたかい焼酎やウイスキー、ブランデー、ラムなどのリキュール類もがよい。

 しかし、カレーライスは喉がかわく料理である。カレーを一口食べると、口中が刺激的で強烈な味でおおわれる。それを洗い流して酒の味を楽しむためには、つぎの一口には大量のアルコールを口にしなければならない。そんなことを繰り返して、カレーライスを食べたら酔っぱらってしまう。

 無理して酒を飲むこともないだろう。カレーを食べるときは、水を飲んだらいいではないか、といわれるであろう。しかし、酒なしで食事をしたら損をしたような気分になる、飲み助の酩酊先生のことである。

 わたしの個人的な感想では、喉の渇きをいやす最高のアルコール飲料はシャンパンであるが、それは日常の食事には高価すぎる。

 そこで、カレーライスを食べるときには、ビール、あるいはウイスキーのハイボールか、焼酎の水割りを飲むのである。

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