
日本人が英作文をしたときに、スープを口にすることを「スープを飲む」、すなわちdrink soupと翻訳する人がおおいそうだが、それは誤訳である。「スープを食べる」eat soupと訳すべきだ。
フランス語でもスープは「飲む(boire)」料理ではなく「食べる(manger)」料理とされ、「スープを食べる」manger de la soupeと表現される。
drinkとかboireという「飲む」と表現される食べ物は、人が容器に直接口をつけて体内に取り込む液体であるコーヒー、紅茶、果汁、酒などであり、スプーンですくって口に入れるスープは「食べるもの」とされたのである。
ヨーロッパの民衆が食事にスプーン(匙)を使用するようになるのが一七~一八世紀のことであり、ナイフ、フォーク、スプーンのセットで食事をする様式が確立したのが一九世紀である。
食卓にスプーンが出現する以前のヨーロッパでは、スープを手食していたのである。
碗形の食器がなかったヨーロッパでは、汁物料理もスープ皿という皿にいれて供していた。
熱いスープに手をいれて、汁をすくって口に運ぶことができない。そこでパンをちぎってスープ皿に置き、汁に浸して口に運んだ。スプーンの使用以前は、スープを飲むのではなく、食べていたのである。
碗型の食器が発達したのは、箸で食事をする中国、朝鮮半島、日本などである。
箸は古代中国に起源し、紀元前五世紀頃、中国文明の中心地であった華北から、その周辺地帯に普及していった。
古代の中国、朝鮮半島では箸と匙を使用して食事をするのが原則であった。一四世紀後半に成立した明王朝の時代から、中国人は箸で米飯を食べるようになり、匙は主としてスープをすくうための専用の食器となったが、それ以前は米飯も匙で食べる風習であった
伝統的な朝鮮半島の食事作法では、飯、スープ、水キムチのような汁気のおおい漬け物を匙で食べ、箸は副食物をつまむためにもちいられる。
ヨーロッパとおなじように、すべての食器は食卓に置いたまま使用し、食器を手でもちあげずに、匙と箸で食物を口に運ぶ。そこで朝鮮半島の人びとからみると、飯碗、汁椀を手でもちちあげて食べる日本の食事作法は、「乞食の食べかた」であると評される。乞食は食卓をもたずに物乞いして歩くので食器を手にもって食べざるを得ないというわけである。
いっぽう、日本人は飯碗と汁椀を手にもたずに食べるのを、無作法とみなす。
弥生時代の唐(から)古(こ)遺跡から木製の椀が出土していることからわかるように、古代から日本人は椀を使用して食事をしていた。
平安時代には、ウルシ塗りの椀に米飯と汁をいれて供するようになる。
かつては飯椀も汁椀も漆器を使っていたが、豊臣秀吉の朝鮮出兵で陶工が連れてこられ、九州の有田で陶磁器がつくられるようになる。江戸時代になると庶民も飯粒のつきづらい陶磁器製の飯茶碗を使用するようになる。
飯茶碗を「チャワン」というのは、茶器に由来する。抹茶をいれて飲むための碗形の茶器をしめすことばであった「茶碗」が碗形の陶磁器の総称となり、「煎茶碗」、「飯茶碗」などというようになったのであろう。
茶葉に湯をかけて漉して飲む番茶が普及すると、その容器を「湯飲み」とか、「湯飲み茶碗」というようになった。
しかし、汁椀は手でもちあげて口をつけて液体をすすることができる漆器の木椀の使用が現在まで続いている。
ウルシで彩色したり、絵を描いた木製の汁椀は、日常生活のなかで日本人の美学を表現している食器である。