『vesta』掲載記事

生業社会の食文化(7)梅崎昌裕

パプアニューギニア高地の食品成分表

vesta 91号掲載

生業社会の栄養評価
食生活の栄養評価は、先進国社会に限らず、生業社会でもたくさんおこなわれてきた。たとえば、一八五〇年代の極北の先住民を対象に食生活を再構成した研究では、成人一人あたりの栄養素摂取量が、タンパク三八〇グラム、炭水化物六〇グラム、脂質一六〇グラムと推定されている。食品別の摂取量をみると、海の動物が八六〇グラム、陸の動物が二二五グラム、魚が九九〇グラム、その他の食べ物(卵、ベリー、小麦粉など)は全部合わせて一〇〇グラムにすぎない。
一方、アフリカの牧畜民であるトゥルカナの人々は、一九八〇年代の調査で、エネルギーの六〇パーセント以上を家畜の乳あるいはそれからつくった乳製品から摂取していたと報告されている。そのほか、肉・血・脂肪などが総エネルギー摂取量の一八パーセントを占め、穀物のエネルギー寄与割合は八パーセントにすぎなかった。
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収穫したサツマイモ(東高地州にて森田彩子が撮影)
パプアニューギニア高地社会に生きる人々は、サツマイモに強く依存した食生活をおくることが知られている。成人一人あたりの平均サツマイモ摂取量は一日あたり一キロを超える集団もおおく、一日に二キロ以上のサツマイモを食べる個人もめずらしくない。その結果、平均的な日本人と比較すると、パプアニューギニア高地人のタンパクと脂質の摂取量は圧倒的に少なく、食物繊維の摂取量は多い。
極北の先住民、アフリカの牧畜民、パプアニューギニア高地人は、バランスのよい食生活を心がける先進国の住民にとっては、受け入れられないほどに偏った食生活を送っているようにみえる。ただ、ほかの生業社会における食生活の栄養評価の報告も、そのほとんどは、先進国で理想とされているバランスダイエットからほど遠いものである。
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サツマイモの皮をむいて茹でる準備(東高地州にて森田彩子が撮影)
食事調査の方法
パプアニューギニア高地など、生業社会での食事の調査には、日本などで実施される調査とは異なる工夫が必要である。ほとんどの人々は、計量カップ、計量スプーン、秤などになじみがなく、食生活を定量することが一般的ではない。したがって、「一日にどのくらいのサツマイモを食べますか」などと聞き取りで食品ごとの摂取量を推定することは難しい。バネ秤や上皿秤をつかって、人々が食べるものを全て秤量することが調査の基本となる。
このような調査をおこなう際、わたしたちは、早朝、対象とする世帯の人が起きる前にその家のそばにでかけ、誰かが起きる気配がするまで戸外で待つ。家の人が起きると、今日も一日食べ物を量らせてくださいという挨拶をし、対象者が食べるものを朝から晩まで秤量する。数軒の家がかたまっているようなところを選べば、同時に複数の世帯を対象にした調査が可能である。
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健康調査のために収集した尿を濾紙に含ませ、陰干しする著者
この調査では、人々がその日の最後の食事を終えるのを見届けるまで観察を続けるのが決まりである。私の友人は、夜の一〇時過ぎにニワトリを買って帰った対象者が、ニワトリを調理して食べ終わるのを見届けるために、夜中の一時まで調査を継続したことがあるそうである。
日曜は教会にいくので前の日に調理しておいたものを食べる、金曜日は給料をもらっている親戚の家にごちそうによばれることが多いなど、人々は曜日によって食生活を変化させるものである。したがって、食事調査の期間は一週間を最小単位とする。週ごとの変動が大きい場合は、それを二週間あるいは三週間と継続する。
調査者は対象とする人とよい関係をつくり、その上で調査の目的と方法を、あらかじめ納得しておいてもらうことが大切である。そうでなければ、調理のたびに秤をもってくる調査者は面倒な人だと嫌われ、あげくには調査ができなくなってしまうことになるだろう。そもそも、参加者の協力がないとこのような調査で正確なデータを収集することは困難である。
調査を始める前の夕方に、対象の世帯を訪問し、家のなかにある塩や砂糖、油などをあらかじめ量っておくこともポイントである。調理の場面ごとにも使用量をはかり、一日の終わりに家の中にあるものを量ることで、その日の塩・砂糖・油の使用量を正確に推定することが可能になる。
このような調査をしている間は、調査者はたいへん忙しく食事をする時間もなかなかとれない。したがって、誰かに食べるものを調理して持ってきてもらう手配も大切である。三日目あたりから疲れてくるので、運動部の合宿をしているような気分になる。
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聞き取り調査の様子。顔に黄色い土を塗るのはおしゃれ。
栄養計算の問題点
そのようにしてなんとか調査が成功すれば、食品ごとの摂取量を推定することが可能となる。食品ごとの摂取量にあらかじめ調べておいた可食部割合を乗じ、食品成分表を参照しながら、エネルギーおよび栄養素の摂取量を推定する。
この際に問題となるのが、食品成分表のつくりかたである。おなじ名前の食べ物でも品種が違えば栄養成分が異なるだろうし、おなじ品種でもどこで栽培されているかによって栄養成分が異なりうる。したがって、調査者は、それぞれの地域で消費される食べ物に対応した食品成分表を作成しなければならない。
食品成分表をつくる際に、すくなくともパプアニューギニア高地で主要な食べもの、あるいは摂取量の大きい食べものについては、食品サンプルを収集してエネルギーと栄養素の含有量を調べるのが普通である。その食品のエネルギー含有量や栄養成分が、既に出版されている一般的な成分表の値と異なっていれば、推定される摂取量の誤差が大きくなるからである。その他の食品についても、調査地でサンプルを収集してエネルギーと栄養素の含有量を測定するのが理想的である。
しかし、現実がそれを許さない場合は、まずパプアニューギニア高地で収集されたサンプルの測定結果を報告している論文を探し、それがなければ南太平洋など地理的に近い地域の食品成分表をつかう。ファーストフードなど、国や地域によって内容の違いが大きいと予想されるものについては、現地でそれを購入して材料ごとの重さをはかり、エネルギーと栄養素の含有量を推定する作業が必要である。
優れたサツマイモ
こうしてできたパプアニューギニア高地の食品成分表を、日本の成分表と比較すると、同じ食品でもずいぶん値が異なることがわかる。
最も顕著だったのは、サツマイモのタンパク含有量であった。日本の五訂食品成分表によると、サツマイモ一〇〇グラムあたりのタンパク含有量は一・二グラムである。それに対して、パプアニューギニア高地のなかでもサツマイモの消費量の多いタリという地域で栽培されている主要な三つの品種のタンパク含有量はそれぞれ二・四グラム(品種名ワヌムニ)、一・六グラム(品種名イバ)、一・五グラム(品種名ポ)、平均すると一・八グラムであった。一方、パプアニューギニア高地のなかでもサツマイモ消費量が相対的に少ないアサロという地域で収集した八品種のサツマイモのタンパク含有量は平均〇・八グラムであった。
人々が一日に一五〇〇グラムのサツマイモを食べるとすると、そこからのタンパク摂取量はタリの主要品種の測定値を使った場合には二四グラム、日本の成分表を使った場合は一八グラム、アサロの品種の測定値を使った場合には一二グラムと推定される。タリの人々の平均的なタンパク摂取量は、世界保健機関などが推奨する一般的な安全摂取レベルと同じか、それよりすこし少ないレベルである。このような状況では、タリで実際に栽培されている優れたサツマイモのタンパク含有量を用いて計算すれば人々のタンパク摂取量は十分であると判断されるのに対して、日本の成分表にあるサツマイモのタンパク含有量を使ってタンパク摂取量を推定すると、タンパク摂取量は不足であると判断される。そのようなことが起こりうるのである。
タンパクが不足した状況にある生物は、タンパクを多く含む食品を摂取するようになることを明らかにした研究もある。パプアニューギニアの人々はよりタンパク含有量が多い品種のサツマイモを知らず知らずのうちに選択してきたのかもしれない。
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袋一杯にサツマイモを家の前におく
新しい栄養学の領域
現代栄養学の常識からすればアンバランスにみえる食生活、先進国のものとは栄養素の含有量の異なる食品など、生業社会における人々の生活は、栄養学の教科書を書き換えるような発見のためのてがかりをたくさん提供してくれる。それぞれの地域における個別の栄養適応あるいは作物の選択などに着目することの重要さに、私たちはもう少し目を向けて良いのではないだろうかと思う。
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