大食軒酩酊の食文化

天ざるソバの食べかた

vesta 118号掲載

天ざるソバ

 東京近辺で育ったわたしであるが、京都の大学に入学して以降、いままで六二年間関西に住んでいる。結婚してから、京都育ちの女房のつくる食事を食べてきたので、わたしは関西人の味覚になれてしまい、関東風の料理よりも上方料理のほうがおいしく感じるようになってしまった。

 だが、外食で食べる、「ウナギの蒲焼き」、「天ぷら」、「盛りソバ」については、関西よりも関東のほうがおいしいというのが、わたしの個人的感想である。

 江戸で発達した関東流のウナギの蒲焼きは、背開きにして頭を落としてから、まず白焼きにしてから蒸して脂肪をおとし、タレをつけて本焼きにする。関西風は、腹開きにして頭をつけたままで、焼きながらタレをつける。焼きあがってから切り落としたウナギの頭を半助(はんすけ)というが、蒲焼きの値段の二〇分の一以下の一キロ四-五百円で売っている。これを豆腐と煮た半助豆腐は大阪のお総菜である。

 蒸す工程があるので、関東流の蒲焼きはやわらかい。関西風の蒲焼きは、関東風よりも硬めで、脂気がおおい。歯ごたえがある関西風の蒲焼きはそれなりにおいしいのだが、わたしは、子どもの頃のご馳走であった関東風の蒲焼きが好きだ。

 だが現在では、関西でも関東流の蒲焼きを供する店がおおくなった。

 関東での伝統的な天ぷらは、卵で水溶きをした衣をつけ、ゴマ油ででサッと揚げるので、キツネ色にして、カリッとした噛みごたえがする。関西では卵を使用せず、コムギ粉の衣をつけてサラダ油でじっくりと揚げるので、白っぽい色をしている。

 わたしは関東風の天ぷらが好きなのだが、近頃では、東京でもゴマ油を使用した天ぷらを見ることがすくなくなった。

 ウドン文化圏の関西でくらすようになっても、わたしはソバ好きである。ウドン屋にはいっても、ソバを注文する。汁ソバよりも、ソバそのものの風味を楽しめる盛りソバを食べることがおおい。

 ごくありふれた食べものでありながら、関東と関西の嗜好のちがいを顕著にしめすものが麺類である。関東ではソバを愛好し、関西ではウドンがよく食べられる。

 江戸時代になると、都市に麺類専門の軽食店が出現する。一七世紀の江戸の麺食店では、「うどん・そば切り」という看板が掲げられ、ウドンのほうがソバよりも上位に記されていた。ソバは、「ソバくらいしかできない」土地のやせたところで救荒食として栽培されたので、コムギよりも格のひくい作物とされていたからであろう。

 しかし、一八世紀になると、江戸では地位が逆転して、ソバが主流となり、ソバ屋でウドンも食べさせるということになり、「ソバ通」といわれる人びとが出現した。ソバを趣味性のたかい料理にまで洗練させたのは、江戸における外食文化であった。

 わたしは、濃口醤油と鰹節だしのきいた「ソバつゆ」で、盛りソバをすするのがすきである。そこで昼の外食には、好物の天ぷらとソバが供される「天ざるソバ」を食べることがおおい。そのときには、湯桶(ゆとう)に「ソバ湯」を供してくれる店を選ぶ。

 わたしの「天ざるソバ」の食べかたを記そう。

 まず、天ぷらを肴にして、日本酒を冷やで飲む。このとき、天ぷらを全部食べずに少量残しておく。酒を飲みおわったら、ざるソバを食べるが、ソバも少量残す。

 最後に、つけ汁の残ったそ蕎麦猪口(そばちょこ)に、湯桶のそば湯を注ぎ、残しておいた天ぷらを浮かべる。そこに残りのざるソバを入れてすすると、天ぷらソバになる。

 一品の注文で、二種類の麺料理が味わえるのだ。自分では賢い食べ方だと思っているのだが、さあどうだろう。この食べ方を見た人には、「ケチで、さもしい奴だ」と批判されそうだ。