大食軒酩酊の食文化

箸と匙

vesta 113号掲載

現代の東アジアで使用される箸と匙。  (上) 中国の箸と匙 箸は27cm  (中) 韓国の箸と匙 箸は23.5cm  (下) 日本のめおとばし夫婦箸 男箸は23cm 女箸は21cm

現代の世界では約40%が手づかみで食事をし、箸を使用して食べる人口が30%、ナイフ・フォーク・スプーンで食べる人口が30%である。
 近代以前の世界では、手づかみで食事をする習慣の人口がおおかった。
 ヨーロッパでは、ナイフとスプーンを使用する風習は古くから存在したが、ナイフは家長が塊の肉を切りわけて家族に分配する道具であったので食卓に一本置かれただけであった。中世の食卓では、スープをいれた鉢にスプーンを一本添えて回し飲みすることがおこなわれた。
 フォークの使用は中世のイタリア半島にはじまり、18世紀には上流階級の食事方法となった。ヨーロッパの民衆の食卓に、各自にナイフ・フォーク・スプーンが配られるようになるのは19世紀になってからのことである。
 手づかみの食事では、口径の小さい碗型の食器には手を入れることが困難なので、ヨーロッパでは皿型の食器が使用された。汁物もスープ皿に入れ、パンを浸して口に運んだのである。
 東アジアでは、古くから箸・匙・碗をもちいて食事をする習慣が定着していた。このような食事方法では、箸・匙で口に運べるように食材を小さく切って調理するので、まな板が台所の必需品となっている。世界にはまな板なしの台所もおおい。

中国では紀元前3-2世紀に上層階級から箸と匙で食事をするようになり、後漢には民衆にも普及した。『礼記』にはスープの具をつまむのに箸をもちいたことが記録されている。華北の主食である粟飯やスープを口にいれるのに匙を使用し、副食や汁の具を箸で食べた「匙主箸従」の食事方法であった。
 米飯も匙で食べていたが、15世紀頃に漢族が江南の粘り気がつよい米をよく食べるようになると、主食も箸で食べるようになり、「箸主匙従」の食事方法になる。匙はスープや汁気のおおい料理専用の食具になり、それまでの柄の長い金属製の匙から陶製のチリレンゲ(散り蓮華)型の匙に変化した。
 現在のようにイス・テーブルで食事をすることは唐代にはじまり、北宋代に普及した。共用の食卓を囲んで食事をするようになると、個人別の食器に盛り分けるのは主食とスープだけで、その他の食べものは共用の食器に盛り、各自が直箸でつつきあうのが普通になる。そこで、写真で示したように中国の箸は長いのである。
 朝鮮半島では中国古代の「匙主箸従」の食事慣行をひきついで、現在でも主食の飯とスープを柄の長い匙で食べ、箸は副食物専用である。碗と箸・匙は金属製である。
 日本では中国との国交が盛んになる奈良時代の宮廷の公式の宴席では箸と匙が使用されるようになる。九世紀になると、民衆も箸で食事をするようになるが、匙は普及しなかった。13世紀になると、上流階級も匙の使用をしないようになった。
 粘り気のあるジャポニカ種の米飯は匙よりも箸でつまんだほうが食べやすいし、口につけても熱くない木製の椀が庶民の食器であったので、木椀を手で持ち口につけて汁をすすったのであろう。
 朝鮮半島では食器を手で持ちあげて食べるのは、不作法とされるのにたいして、日本では飯碗と汁椀は手で持って食べるのが作法とされる。
 神道ではケガレ(穢れ)を避け、心身ともに正常にたもつことが強調される。口に触れた食器には使用者の人格が付着し、それを再使用したら、洗ってもとれない精神的汚染が感染するとされた。そこで個人専用の箸がきまっていたし、他人の箸が触れた食物を通じてのケガレの感染を防止するために、「取り箸」、「菜箸」という中立の箸が使用された。
 19世紀の日本の飲食店では、ケガレの感染を防止できる使い捨ての割り箸が使用されるようになる。これは清潔で衛生的であるというので、現代中国の飲食店でもウェイシヨンクゥアイヅゥ衛生筷子という名で使われるようになった。

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