大食軒酩酊の食文化

ウルシを食べる

vesta 78号掲載

オッタク

昨年11月、酩酊先生は韓国の全羅北道淳昌(スンチャン)郡にお出かけになった。淳昌の街はトウガラシ味噌であるコチュジャンの名産地であり、淳昌郡と済州島は韓国での長寿者のおおい地域として知られている。
ソウル大学と淳昌郡の共催する「長寿と健康に民族食のはたす役割」という国際シンポジウムに出席したのである。シンポジウム終了後のエクスカーションで、淳昌郡の山村に住む107歳の老婆の家を訪問した。
農家の庭先で、白髪のおばあさんが豆のさやとりをしていた。長生きの秘訣は、200ミリリットルの焼酎の小瓶を毎日2本あけることだという。年甲斐もなく大酒を飲んでは、保護者にお叱りをうける酩酊先生にとっては、すてきな話であった。これで年寄りの冷や酒を飲み続ける口実ができたと、よろこんだことであった。
帰路のバスのなかで、旧知のソウル大学人類学科教授の全京秀(ソン センニム)さんが、「酩酊はウルシを食べたことがあるか?」とたずねた。
ウルシの木に触ったら、かぶれるはずだ。口にしたら、食道や胃袋ががぶれはしないだろうか?
「ない」と答えると、田舎町のウルシ料理を供する食堂で夕食をとることになった。
料理名をオッタクという。漢字では漆鶏と書く。生気を養い、消化機能をたすけ、滋養強壮の効果のある漢方料理だそうだ。
ニワトリ1羽を丸煮にしたものを、卓上でハサミで切り分けてくれる。腹を開くと、なかにはニンニクがぎっしり詰まっている。
ニワトリの腹にニンニクを詰め、ウルシの樹皮をいれた水で三時間以上煮て、味つけをする。煮込んだスープは赤褐色で、ウルシの薬効のエッセンスが抽出されているので、樹皮を取り去ったスープも食卓に供される。
いささかほろ苦いが、鶏肉そのものはそれほど変わった味ではない。肝心なのはスープである。漢方薬に似た香りがし、苦味とニワトリの脂のうまさが混じった重厚な味である。舌では感じないが、スープが喉の粘膜にあたると、時折ピリッとした刺激をうける。
煮込みに使ったウルシの樹皮を見せてもらった。ウルシの木の外皮をはぎとり、短冊形に切って、乾燥したものである。
この料理は韓国全土にあるが、食べる者はすくないそうだ。シンポジウム関係者15人の会食であったが、敬遠して別の料理を注文する人がおおく、オッタクを食べたのは5人であった。
帰国してからインターネットで調べてみると、人によってはオッタクを食べると、全身にアレルギー反応がおこり、皮膚炎になったり、肝機能や腎臓に障害がおこり、ひどいときには死亡することもあるという記事があった。食前に全さんが、わたしがアレルギー体質ではないことを確認したわけだ。
会食の仲間に、友人の趙栄光(ザオ ロンガン)さんがいた。趙さんは浙江工商大学中国飲食文化研究所長で、中国食物史の第一人者である。「中国でウルシを食用に使う事例をご存じですか?」とたずねたところ、「知らないね」との返事。
毒は薬になる。『東医宝鑑』とは、李氏朝鮮王朝時代の1613年に刊行された東洋最大の漢方医書である。大部の和訳本をはぐっていると、ウルシを使用した処方を7例みつけた。おおくは、乾漆というウルシの樹液を固まらせたものを煙がでなくなるまで煎ってから、粉末にして、他の漢方薬と調合する。『東医宝鑑』の大部分は中国の医書を引き写しているので、中国でもウルシを薬用にはもちいたであろう。ウルシの薬効をもとめて、民間で創造した料理がオッタクであろう。
韓国ではウルシの若芽も食用にする。日本でも、ウルシを栽培する人が、若芽を天ぷらにして食べるという。京都でウルシの若芽を食べさせる店があるというので、季節になったらいってみよう。

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