大食軒酩酊の食文化

羊羹の海苔巻

vesta 71号掲載

左が羊羹巻き、右はマンゴー巻き、奥がカニ蒲巻きの天ぷらスシ。(筆者撮影)

まずは大食軒酩酊の由来から。

あたし、猫なんです。
名前、まだないけど......。
(中略)
飼い主、臥猪庵斜栗(がちょあんしやくり)っていうんです。
号が珍勃亭居士(ちんぼつていこじ)。......変な名前。
名前からもわかるように、ちっとも二枚目じゃないんです。太った、中年のおっさん。
やってることもわからない。何かいろんなことを書いてるらしいんだけど......。
この飼い主のところに、しょっちゅうだべりにくるお客が2人いるんです。
1人は大食軒酩酊(たいしょくけんめいてい)って人。若いらしいんだけど。長い顎ひげを胸までたらして、ひどく悠々としている。名前のとおりとてもよく食べて、お酒もつよいらしい。
もう1人は、涼斎海月(りょうさいかいげつ)って人。名前が涼しそうだけど、色が白くて、ハンサムで、でもちょっと気が弱いみたい。
2人とも、飼い主とちがって、ちゃんとした人類学者なんです。世界中、いろんなことをしらべて歩いているらしい。

『人間博物館「性と食」の民族学』という本の冒頭の文書である(1977年光文社刊、1986年文春文庫に再録)。斜栗先生の家で、酒を飲みながら気炎をあげる3人の話しを、猫が書きとめたという、『吾輩は猫である』のスタイルで、世界の食と性を論じた本である。
涼斎海月は故米山俊直さん、珍勃亭斜栗は、いわずと知れた小松左京さんで、私が大食軒酩酊である。小松さんは斜栗先生とネコの2役をこなし、共同討議の記録をユーモラスに編集、執筆している。

海月 キリスト教に、「7つの大罪」というのがある。これも、「殺人」、「虚偽」、「淫乱」のほかに、「嫉妬」、「傲慢」、「怠惰」それに「大食」なんてはいっている。
酩酊「殺人」以外みんなやっているなあ(笑)。
斜栗 大食軒の「大食」の罪は、それひとつで7つ分ぐらいある(笑)。

といった具合の談話形式で、世界の性と食を人類学的に論じたのである。
大食軒酩酊の軒号に恥じないように、世界各地で飲み食いをしていると、奇妙な食べ物に出会うことがある。昨年、ブラジリアで食べた新種のスシを紹介しよう。
アメリカの日本食店で、スシと焼き肉がメニューに並んでいるのをみて、「正しい日本食」の普及のために、海外の日本食レストランの認定制度をもうけることを提唱した大臣がいた。しかし、ブラジルの国民料理であるシュラスコという肉の串焼きを食べさせるレストランで、スシをつまむことは普通のことである。シュラスカリアというブッフェ形式のシュラスコ専門店にスシ・コーナーが進出しているのである。
ブラジリアのシュラスカリアで、サトウキビを原料とした蒸留酒であるビンガを飲みながら、焼き肉を食べていたときのことである。
スシ・コーナーには、サケの握りズシやカリフォルニアロールのほかに、みなれないスシが置いてあった。マンゴーの果肉を芯に巻いた海苔巻き、羊羹を芯にした海苔巻き、カニ蒲鉾のマヨネーズあえを芯にした海苔巻きに薄い衣をつけて揚げた天ぷらスシである。
マンゴー巻きは、酢飯の酸味と果肉の甘酸っぱさがあわないわけではない。羊羹巻きはきわめて甘い。今年、日本からの移民100周年を迎えるブラジルでは、日系人が羊羹も製造している。天ぷらスシは、カリッとしたころもの食感がものめずらしい。
おそるおそる口にしてみたのだが、とびきり美味しいわけではないが、抵抗感なしに食べられた。重厚な焼き肉の脂の味がのこる舌の口なおしになり、アルコール度数のたかいビンガにあうスシであった。
ブラジル在住の日本人の話では、かつてのシュラスカリアでは、焼きたての串焼き肉をウエイターがテーブルで切りとってくれるほかに、セルフサービスのサラダバーがあるだけであった。シュラスカリアにスシコーナーが設けられるようになったのは、四〜五年前からのことである。一般のブラジル人たちがスシをよく食べるようになったので、シュラスカリアにスシが進出したのだという。そこでは日本料理専門店にくらべると、安価にスシが食べられる。そこで働くスシ職人は、ブラジル人である場合が普通である。
マンゴー巻き、羊羹巻き、天ぷらスシ......、いずれも日本のスシ職人仲間からは邪道といわれそうなスシである。日本人の美学からすると、焼き肉の匂いとスシはミスマッチである。
しかし、食べるのはブラジル人である。商品としての食べ物が、食べる側の文化に合わせて変形するのは当然のことである。異文化にあわせて変形した日本食を「正しくない」と非難することができるだろうか。むしろ、日本発の食文化が、伝統にとらわれずに進化していると、積極的に評価したほうがよさそうである。

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