海外「食」レポート<韓国編>(4)守屋 亜記子

骨董品としてのチャン(醤)

*チャン(醤):味噌、醤油などの総称
 「韓国はすごい。家族一人一人にトイレがあるなんて!」1960年台後半に、慶尚北道安東に赴任したフランス人神父は、訪問先の家でトイレを借りようと裏庭に行った際、チャントッテ(味噌、醤油などを入れた甕を置く小高いスペース)にずらりと並んだ甕を見たときの驚きをこう語ったという。
 醤油を甕に仕込み、日当たりのよいチャントッテにおいておくと、次第に水分が減り濃い口になる。色の薄い新醤油は汁物に、年数のたったものは煮物に、濃い口は薬飯(クリやナツメなどを入れた甘いおこわ)の色づけにというように使い分けられていた。現在80歳を超える知人は、幼い頃、賓客の接待に100年物の醤油が使われていたことを覚えているという。かつては醤油甕の多い家ほど伝統のある家といわれたものだが、今やチャントッテはおろかチャンの仕込みさえ目にすることが難しくなった。都市部のアパート暮らしでは甕を置くスペースなどないし、忙しい主婦には市販品を買うほうが楽だからである。
 そんな中、去る4月、ソウル市内の百貨店で、韓国農漁業芸術委員会が主催する「大韓民国の名品LOHAS(Lifestyles of Health and Sustainability)食品展」が開かれた。貯蔵期間が最短でも5年、長いものだと100年を超える醤油、味噌などチャン類の展示、即売会である。目的は長期間発酵、熟成させた農水産物を骨董品、農漁業芸術品として発掘、展示、販売することにより、農漁村経済の活性化を図ることにあるという。ギャラリーには50あまりの宗家(父系で代々続く直系親族)、農家から集めた「作品」が120点あまり展示されていた。中でも朝鮮時代末期の王妃純貞孝皇后尹氏が使っていたという醤油は、甕の底で結晶となり黒光りしていた。主催者曰く、「韓国のチャンは、時を経てやがて黒い宝石となる」。お値段は、1リットルあたり500万ウォン(100ウォン≒82円/2006年5月時点)。17年物の味噌は、「ヤッテンヂャン(薬味噌)」という名で、2キロで50万ウォンの値段がつけられていた。
 テレビ局のインタビューに、来訪者のアジュンマ(おばさん)が答えていた。「新醤油を仕込んだら、古い醤油なんて捨てていたわ。醤油って古くなっても使えるのね。」どうやら、骨董品になりつつあるのは、醤油よりも古い醤油を使う知恵の方であるようだ。

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