『vesta』文献紹介

橋爪伸子

地域名菓の誕生

株式会社虎屋 中山圭子
vesta 111号掲載

 日本は菓子の宝庫だ。全国各地にその土地ならではの素材を使った美味しい菓子、名所旧跡にちなむ歴史ある菓子が存在し、名物になっている。こうした地域固有の名高い菓子、つまり名菓はどのように生まれ、定着していったのだろうか。

 この疑問を解く上で多くの示唆を与えてくれるのが、本書である。従来の和菓子研究は、花鳥風月にちなんだ銘や意匠をもつ、日本独自の上菓子が広まった元禄期を大成期ととらえ、江戸時代を中心に語ることが多かった。明治時代以降については調査研究が遅れており、あまり言及されなかったといえよう。そうした状況下、橋爪氏はまず、先行研究を整理し(弊社発行の機関誌『和菓子』も含め、膨大な資料に眼を通されている)、全国各地の六十店に及ぶ菓子店を丹念に取材し、近世から近代に至る地域名菓成立の過程や変遷を三部九章(序章・終章あり)にまとめられた。  

 地域名菓の歴史に伝承や逸話はつきものだが、知られざる史実が明らかになっていく展開は小気味よい。なかでも興味深いのは、第一部第二章の内国勧業博覧会の報告書についての考察だ。同博覧会は明治十年から三十六年(一八七七~一九〇三)にかけ、計五回にわたって明治政府により開催された。この全国規模の博覧会に出品された菓子や業者の数を県別にして表を作成、第五回の審査報告書の内容を①特産物の材料への活用②近代以降の材料③機械化④意匠・菓子名⑤容器・包装⑥用途⑦価値認識の視点から分析している。①では果物ほか様々な特産物を利用した羊羹、海老や蟹など海産物を使った煎餅、②では新たな着色料の使用、④では歴史上の人物や名所にちなむ菓子名の考案など、具体例をあげ、今日につながる名菓の誕生、及びその多様化が促されたことを導きだしている。  

 また、第二部、第三部では南蛮伝来の熊本の「かせいた」や長崎のカステラ、朝鮮半島にルーツをもつ「くわすり」などを事例に、異文化との接触によって生まれた菓子の変容、現状なども検証している。学術的な論考とはいえ、それぞれの名菓がたどってきた道や、関わってきた人々の思いが想像され、読み物としてもおもしろい。  

 現在、橋爪氏は同志社大学や京都府立大学で日本の食文化や和菓子の歴史についての講師を務める。本書をきっかけに、氏の取り組みが学生や研究者に受け継がれ、各地域の名菓に光があたり、調査研究が進むことを願ってやまない。

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