Productions 『vesta』掲載
おすすめの一冊

イタリア料理のアイデンティティ

マッシモ・モンタナーリ著 正戸あゆみ訳
vesta109号掲載

本書の著者M・モンタナーリは、イタリアはもちろんヨーロッパ全体の食文化史の研究者で、日本でも『ヨーロッパの食文化』(一九九九年、平凡社)、『食の歴史』(共編著、二〇〇六年、全三巻、藤原書店) 、『食のイタリアの文化史』(共編著、二〇一一年、岩波書店)などが刊行されているほか、VESTAにも寄稿されるなど、おなじみの食文化研究者である。本書は、イタリアで刊行されたL'identita italiana in cucina (Laterza, 2010)に、この本の英訳Italian Identity in the Kitchen, or Food and the Nation (Columbia Univ, Press, 2013)のみにつけられたエピローグをつけて翻訳されたものである。
原著は、近代イタリア王国が一八六〇年に誕生してから一五〇周年にあたる二〇一〇年に、食の面からイタリアのアイデンティティを考えるために刊行された。イタリアという地名は古代から存在するが、必ずしも現在のイタリアを指すことばではなかったし、イタリア王国はさまざまな国々を統一して成立するが、地域差がかなり大きかった。それでも、キリスト教を象徴するパン・ブドウ酒・オリーブオイルの基本的な食材を基盤に、多様性に富むパスタや多くの野菜を使用する庶民の食が各地の中心都市を結ぶネットワークを通じて広がっていたことはイタリアらしさとして指摘できる。この点に注目するのは、もともと中世農村経済史を専門とするモンタナーリらしい。
イタリアの食のスタイルは、一九世紀末にP・アルトゥージによって一冊の本『料理の科学』に多様性のあるものとしてまとめられる。ポストモダンの時代、イタリア料理は「特産」「伝統」「本物」を求め、各地の食のリストから評価の高い「地方料理」を作り出した。多様な食と食文化を分かち合うことに基礎を置くのがイタリア料理なのである。
本書のエピローグについて、著者に確認したところによれば、一般にイタリア人はエピローグを書かないが、英語版を出す際に一章を追加することを求められた。そのため、彼がイタリア料理の基本とみなす家庭料理が危機瀕しているという当時の認識について付け加えるとのことである。一方で、彼は元気なおばあちゃんが若者に家庭料理を伝えることが伝統をつなぐことになると語ったことがある。ヨーロッパ有数の長寿国にして家族の絆を大事にするイタリアらしい。そんなところにもイタリア料理のアイデンティティがあることを読み取れる。
訳文は気にかかるところもないわけではないが、おおむね読みやすい。原著にはないイラストもついてコンパクトにまとめられている本である。ぜひ手にとって欲しい一冊である。

山辺規子