『vesta』文献紹介

松島憲一

とうがらしの世界

鹿児島大学国際島嶼教育研究センター准教授 山本宗立
vesta 121号掲載

 中南米起源の唐辛子(トウガラシ属植物の総称とする)。世界中に広まってたかだか数百年なのに、今では旧大陸の様々な国・地域の食文化を特徴づける香辛料や野菜となっている。不思議な魅力を持つ唐辛子を「科学」と「食文化」の両面からわかりやすく解説したのが本書である。

 著者は二〇年以上にわたって唐辛子の遺伝子解析や品種改良に関する研究に従事されており、近年は農林水産省のプロジェクトでネパール、カンボジア、ミャンマーで唐辛子の遺伝資源の探索を行うとともに、信州伝統野菜の認定委員を務めるなど、唐辛子を通して地域社会の活性化にも貢献されている。

 第一部の「知っておきたいトウガラシの基礎知識」では、唐辛子の野生種の分布・利用、野生種から栽培種が生まれた過程、作物としての広域適応性、辛味を持つという生物学的な特異性などが取り上げられている。どうしても専門的にならざるを得ない内容だが、「ししとうの辛味に関する夏休みの自由研究」、「学生発案のトウガラシ・ウォームビズ」などの身近な話題や具体例が随所に散りばめられており、また平易に書かれているため、抵抗なく読み進めることができるだろう。

 第二部の「世界一周トウガラシ紀行」では、唐辛子が起源地から世界に広がっていった経路に沿って、中南米、ヨーロッパ、アフリカ、南アジア、東南アジア、東アジアにおける唐辛子の多様な品種、それらを用いた調味料や料理、そして各国・地域の「唐辛子文化」が著者の経験談をもとにいきいきと描かれている。

 唐辛子といえば、ついついその「辛味」に注目しがちであるが、香り、ジューシーさ、甘味、色も重要視されていることが本書を読むとわかる。例えば、香りをみても「フルーティー」、「スモーキー」、「花のような」、「すえたキノコのような」などの表現があることに驚かされる。

 それだけではない。メキシコや韓国では唐辛子が出汁をとるのにも使われるという。日本料理の昆布や鰹節のような役割というわけだ。このような地域では、うま味物質であるグルタミン酸を多く含む品種が意図的に選抜されてきたのかもしれない。

 そして、日本の唐辛子文化が実に奥深いことにも気づかされる。日本には約四〇の在来品種があり、その品種を使わなければ「本来の味」を出せない伝統料理がある。長野県の在来品種「ぼたんこしょう」と丸茄子、茗荷、大根の味噌漬けを細かく刻んで和えた郷土料理「やたら」がその一つだ。読んでいるだけで、ご飯が欲しくなる。

 唐辛子マニアのみならず、香辛料全般、伝統野菜(在来品種)、世界各国の料理、比較食文化論などに興味をお持ちの方にもぜひお勧めしたい一冊である。