Productions 『vesta』掲載
おすすめの一冊

「フォーラム人間の食」第2巻 食の現代社会論-科学と人間の狭間から-

伏木 亨編
vesta129号掲載

 みなさんは電気自動車とエンジン車とどちらが好きだろうか?私は「運転する楽しみ」では断然後者に分があると信じているが、SDGsの観点からは前者が望ましいとされることに異論はない。しかしだからと言ってエンジン車がなくなってしまうのは残念な気がしてならない。クルマが単なる移動手段でしかなくなってしまいそうだからである。実際、あるメーカーの社長はエンジン車をなくすことはないと明言している、ただし燃料は水素になるようだが。

 このような社会の変容を「食」という観点からまとめていくというのが本書である。フォーラム「人間の食」第2巻である本書は、12の章+7つのコラム+編者による2つの章という大著を通じて、社会変化に伴う食の変化を論じている。今から10年前だと、ファッションフード、食の外部化と孤食、硬い食物の消失など、「既存の食物が変化している」という論調が多かったが、最近の食の変化は目覚ましい。『ゲノム編集された植物を分子ガストロノミーなどの科学技術で調理し、肉の代わりとして、口で食べずに目で味わう』という感じである(あえて不正確に記述している)。

 本書ではその端々で、食の変化を論じることを通じて伝統的な日本食を総合知として理解し、その原点を大事にしながらも、SDGsや社会の流れに即して食を変化させていこうとする態度が見える。評者はこの点について感銘を受けた。単なる時代に伴う社会変化の記述であれば「技術ってすごい!」「今の若者は?」などと陳腐な内容になるが、本書ではそうでない。一流の研究を続けている最前線の研究者が、伝統的な食に敬意を表しながら研究を続けていることを丁寧に伝えている。

 冒頭の例の電気自動車に相当するのが、本書ではインスタ映え、ヴィーガン、科学的に管理・生産される安定した食物である。これらは一見すると、理にかなっている部分があり、SDGsにも対応できそうであるが、「食べる楽しみ」という一番大切な部分を見落としているように思える。本書は「食べる楽しみ」を人間にとって大事なものの中心として、その立場から食の変化を楽しんだり、警戒したりしている論説ばかりだと感じられた。

 評者は生理学を学んでいた大学院生時代に、「食のフォーラム」シリーズの書籍を、多くのページに付箋やメモをつけて丁寧に読んでいた。その21世紀の集大成ともいえる本シリーズは、社会学や哲学を専攻する方は当然読んでいるはずだが、農学・食品学や栄養学、医学などを勉強されている方々も読むべき本である。

東北大学教授 大学院文学研究科・電気電信研究所・ヨッタインフォマティクス研究センター 坂井信之