昆布茶と昆布茶粉末

 昆布茶を知らない日本人がおおくなったので、まず昆布茶の解説からはじめよう。写真の粉末は昆布の粉に食塩を少量混ぜてつくった市販の粉末昆布茶である。これを一匙、熱湯に溶かして、湯飲み茶碗にいれると昆布茶のできあがり。ヨード、カリウム、カルシウムなどの栄養素を含有し、原料の昆布の香りと、昆布だしのうま味のきいた、スープのような飲みものである。

 わたしは若い頃、太平洋諸島やアフリカの僻地で長期間のフィールドワークに出かけることがあった。そんなときには、荷物のなかに昆布茶の缶をしのばせるのが常であった。異境での生活文化を調べるためには、現地人と寝食をともにするのが効率的である。そこで調査地の村人の家に間借りをしたり、居候をして、家主の家族とおなじ食事をするのであった。

 しかし、現地食主義者のわたしでも、日本の味がこいしくなるときがある。そんなとき、こっそりと昆布茶を飲むのである。また、昆布茶をだしに使用して、現地の野菜や魚を煮て、和風料理をつくることもした。昆布茶は、調味料としても活用できる食品である。昆布茶を使用したレシピは、インターネットで検索することができる。

 昆布茶は日本で開発された飲みものである。北海道を主産地とする昆布は、鎌倉時代から船便で本州に運搬され料理に使用されるようになった。そこで、コンブを飲料として利用することもなされたと思われるのだが、それを実証する史料はみつからない。

 江戸時代に煎茶の飲用が普及するとともに、刻み昆布に熱湯を注いで飲み、飲んだあとは、出しがらとなった昆布を食べることがおこなわれるようになる。 結納や婚礼の席や正月に煎茶を、そのまま供すると、「お茶をす」(いいかげんなことを言って、一時しのぎにその場をとりつくろう)、「をいれる」(他人の話に不真面目な話を持ちだして話をこわす)といった、よくない印象を連想させるというので、あわせで「よろこぶ」に通じる昆布をいれた飲みものを出すようになったのだ。そして 刻み昆布や結び昆布と、梅干しや福豆(炒った大豆)や山椒に湯や煎茶を注いだ飲みものを、というようになった。京都では、元旦の朝に井戸から水を汲む行事を「み」といい、その水で雑煮や福茶をつくった。この元旦につくる福茶を、大福茶(おおぶくちゃ)といい、俳句の季語にもなっている。湯を注いだら即座に飲める粉末状の昆布茶が開発されたのは、1918(大正7)年のことである。 

 「いま、欧米で健康や美容によい飲みものとして、コンブチャを飲むのが流行している」という話を聞いた。調べてみると、たしかにKombuchaというレッテルを付した商品がアメリカやヨーロッパで発売されている。これらの海外でコンブチャとよばれるものは、紅茶キノコを原料とした飲みもので、瓶や缶にいれて売られている。昨年はコカコーラ社がオーストラリアのコンブチャ・メーカーを買収したそうだ。

 紅茶キノコは、モンゴルに起源する乳酸菌飲料で、紅茶や緑茶にゲル状の菌を加えて発酵させてつくり、コンブやキノコを使用しているわけではないが、表面に浮かぶゼラチン状の菌の塊がキノコににているので、日本では紅茶キノコとよばれ、1975(昭和50)年前後には紅茶キノコ・ブームがおこり、それがアメリカに伝わると、ゼラチン状の菌を昆布とまちがえてコンブチャ(昆布茶)とよぶようになったらしい。

 この誤訳が逆輸入され、紅茶キノコのエッセンスをカプセル化した健康食品の英文レッテルにKombuchaと表記されたりしている。  

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