〈食べ方〉の文化史----宮廷の作法が社会のマナーとなるまで
饗宴の作法が映し出す社会の変化
フランスの美食文化の大きな特徴のひとつに、食空間の劇場性があげられる。絶対王政下、ルイ14世のヴェルサイユ宮殿での饗宴では、花火あり、バレエあり、舟遊びありと、まさに一大スペクタクルが繰り広げられた。それは今日のフランス料理店にまで受け継がれ、レストランの食卓の華やかなセッティング、サービスマンの優雅な身のこなしは独特の晴れがましさを感じさせる。ただし、そうした席では、食事を提供する側だけでなく、列席する客たちも、その空間にふさわしい振る舞いを求められた。本書に明らかな通り、それは身分制社会の要請であり、フランス料理はそうした身分制社会の文化として発展してきた来歴を色濃く今にとどめている。
本書は、西洋の宴、すなわち上層社会での非日常的な食事の場における食べる人の振る舞い、「食べ方」に特に注目して、古代ギリシア・ローマ時代から、中世、ルネサンス、絶対王政下の宮廷、そして19世紀以降のレストランの時代まで、食事の席や料理の配置、食べる道具とそれを用いる作法、そして料理の配膳法などの提供形態の変化を、多様な文献を深く読み解くことでたどったものである。さらに、そうした西洋の「食べ方」のトルコや日本など東洋への影響までも考察している。
著者は、フランス、イタリアの宮廷の饗宴における料理の配膳方法の変遷を詳細に分析することから研究を出発させたが、時代的にも地域的にも大きく射程を広げた本書は、作法・マナーの歴史の枠を超えて、西洋食事史と呼ぶにふさわしい内容となっている。冒頭に述べた劇場性が十全に発揮されるためには、視覚的驚きを与える技巧を凝らした料理の盛付けや、変化に富んだ多数の品目で構成される献立が必要であり、それが結果的に、フランス料理技術の洗練と幅広さ、そして大規模な宴会への機能的対応が可能な技術の体系化をもたらした。本格的な西洋食事史の研究は日本ではこれまで限られていたが、料理そのものの研究と両輪をなす重要な領域と言える。
我が国の西洋料理のマナーは、ここに示されたような歴史的背景を抜きにして、杓子定規に守るべき決まりごととして認識された側面が強いのは残念なことだ。客も舞台に上がって、登場人物の一人として劇を進行させていると考えれば、とらえ方も随分変わってくるのではないだろうか。実際、レストランという空間は、そこに集う客も一緒になって作るものだ。西洋料理を歴史的背景とともに楽しむための手引きとしても本書は読めるだろう。