Washoku 「和食」文化の保護・継承活動の報告コーナー

ユネスコの無形文化遺産化に商業主義は禁物

2013年06月26日(水)

会場 味の素食の文化センター多目的室
主催 公益財団法人 味の素食の文化センター

REPORT

公開講座「日本食文化のユネスコ無形文化遺産登録申請について」

「和食」が目指すユネスコ無形文化遺産化に向けて、運動を応援している味の素食の文化センター(以下、センター)が、今度は公開講座を開催した(4月の開催は他団体主催)。参加者は、日頃から食文化に造詣があり、仕事面でも関係が深く、当然ながら「和食の無形文化遺産申請」についても関心の高い方々だ。後半の質疑も盛り上がって、特に和食のユネスコ申請と経済面の関わり、運動のアピール、活動の方向などのテーマが取り上げられた。そこで、今回のレポートでは、ユネスコ無形文化遺産化と商業主義的問題を中心に見ていきたい。

 

夕方5時半からの講座は、会場の多目的室を埋めた面々の注目の中で始まった。

講師は、おなじみとなった、農林水産省大臣官房政策課食ビジョン推進室の久保田一郎室長だ。「きょうはあいにくの雨だが、これも四季の風物詩。梅雨時の雨を楽しめるのも日本人ならでは」と冒頭の一言で、四季のある日本と、それを愛でる(自然を尊重する)日本人の文化的特徴をさらりと表現。さすがである。

「食文化を中心として、食の今後の施策を企画立案・推進するところ」と食ビジョン推進室を紹介、さっそくユネスコ無形文化遺産登録申請について講義を開始した。まず、ジェトロの統計などを引いて、海外での日本食レストラン(と称されるもの)の急激な増加状況や外国人の抱く日本食のイメージなど、世界的な背景を説明し、「では、そうして儲かる日本食を広めるために、ユネスコの無形文化遺産登録に我々は挑戦しているのかといえば、そうではない。これを契機に商売が儲かる、販売促進に利用しようと思っている事業者の方は大勢いるだろうが、我々の趣旨は違う。きょうのような機会をいただいているのは、そのことをまずしっかりと頭に入れてもらいたいから」と最初に釘をさした。

本題のユネスコ無形文化遺産化について。そもそもユネスコにおける無形文化遺産とは何か(「ギリークラブ」での解説参照)、食分野の登録(フランスの美食術他)を述べ、日本における登録申請への経緯に話が及ぶ。「農水省は、農林水産業、食品産業がいかに儲かるかを所管する役所。その農水省的発想で、最初は食にまつわる産業が盛り上がればいいということが腹の中にはあった。当初の会席(懐石)料理を、というところから、やるからには日本全体の食を評価してもらい日本食全体を盛り上げる形で申請すべきというところに至った。日本の特徴とは何か。議論する中で我々も勉強し、ユネスコの保護条約の趣旨も学んだ。そして、入り口は打算的なところだったかもしれないが、違うと。勉強しながら、改めて日本食文化の素晴らしさに我々も気づき、これをしっかり守り、伝えていかなければならないと確信した」。

そして、有識者による検討会での議論の結晶が、「和食;日本人の伝統的な食文化」としてのユネスコ無形文化遺産への登録申請となった(申請された「和食」の内容は「栄大講義1」参照)。

申請の経緯と概要を解説した後、久保田室長はこう語る。「よく『和食』の定義を訊かれる。これは和食に入るのか? とも。我々が言っているのは『料理』ではない。日本人の精神のもとで脈々と受け継がれてきた習慣・慣習で、ある意味『和食』は造語。国際機関に対しては英語だが、これは『WASHOKU』とそのままローマ字表記する。日本人はつい料理を思い浮かべてしまうが、別の意味を込めた言葉」。「食」を文化として位置づけるのが「社会的慣習」という切り口で、技術や生活様式も含め総体として「文化」、「和食(WASHOKU)」は、新たに定義した言葉なのだと。

さらに、申請から登録の可否決定までのスケジュールを解説、11月に、事前審査をする補助機関(6カ国で構成)が勧告を出し、12月に政府間委員会(24カ国で構成)での検討を経て決定される(詳しくは改めて)。そこで、「農水省も文化庁ももっと運動しろと言われるが、それが逆効果になってしまう。それをすると商業的と見なされ、これがユネスコ無形文化遺産では禁物」と。

ユネスコ申請の状況を解説した最後に、「私が合わせて皆さんに伝えたいのは、申請に通る通らないが重要ではないということ」と久保田室長。「我々もやっていて気づいたことだが、ユネスコの可否にかかわらず、こんなに素晴らしい日本人のアイデンティティに通じるようなものは守らなければならない。日本人がこれを大事にしないで、忘れて未来に継承しないということは、ある意味許されない」と。

 

続いて食ビジョン室の取り組みとして「日本食文化ナビ」を説明(詳しくは福島県新地町2参照)、駆け足でミラノ万博にも触れ、いよいよ質疑に入った。

さっそく女性の手が挙がる。食に関わる仕事を個人でされ、そのためにも勉強は欠かさないという方で、「この話は当初から聞いていたが、よくわからなくて。何がきっかけで持ち上がったことか? なぜ国として取り組んでいくことになったのか?」と質問。

久保田室長が答えて。「農水省の立場でいうと、日本の農林水産業に競争力がなく、高齢化が進み、人口減少して未来への展望がなかなか開けないという時、やはり海外に目がいく。アジアを中心にこれから倍増していくといわれる市場。政策的には逃しちゃいかんと。農水省として、そのきっかけが欲しかったというのはある。一方で、ユネスコにフランスの食が登録され、昔から文化的意識の強い京都の方から積極的に日本も挑戦すべきとの声が上がり、これがきっかけとなった。当初、文化庁は食を文化として受け入れがたいところもあり、農水省はある意味思惑とも一致し挑戦が始まったというのは本当。しかし、先ほど言ったように、勉強を重ねる中で、純粋にユネスコの条約の趣旨に立ち返って日本の食文化を後世につなげること、また日本の精神が世界の食問題にも資するのでは、との思いでいま取り組んでいる」。

再度女性が質問。「登録されると何か劇的に変わるか?」。久保田室長「正直言って変わらない。富士山(世界文化遺産になった)だって実は変わらない。でも誇りに思うし意識する。和食も、これをきっかけに意識が高まり議論する。議論が次につながることは極めて重要と思っている」と。

 

続いて、男性が食文化とクールジャパンなどの経済戦略との関係で質問し、答えて久保田室長。「多くの方がそういう疑問を抱くと思う。実は『食文化』という言葉が、霞が関では誤解を招くような使われ方をしている。数年前まで『食文化』という言葉は一切出なかったのに、最近では流行りのように使われる。だが、ユネスコとクールジャパンの『食文化』は別物。日本食文化ではなく、あえて『和食』と定義した意味もそこにある。クールジャパンのように華やかに日本の食文化を売るためではなく、日本人自らが守らないといけない文化を意識するための取り組み。『食文化』という言葉はいろんな場面で使い方が違うと思うが、これは明確に区別している」と。さらに「クールジャパンは日本経済のためにやらなければならない取り組みだが、その辺りわかりにくく混同されているところもある。あちらは海外向けの宣伝。ユネスコは国際機関だけれど、これは日本人に向けてのもの。使い分けていることを、もっと浸透して説明していかなきゃいけない」と反省の弁も。

 

次に、味の素イノベーション研究所の方が質問。ご専門の、「和食」の特徴でもある「うま味」の生理機能について触れ、ユネスコ無形文化遺産登録への戦略的期待を述べられた後、「国として和食を、ジャパニーズ・カルチャーとしてどう世界に広げるか、という可能性はあるのか」と問うた。「ユネスコの話とは別ですね」と断ってから、室長「FBIって聞いたことないと思うが、メイド・フロム・ジャパン、メイド・バイ・ジャパン、メイド・イン・ジャパンの頭文字を使っている。本物を知ってもらって日本の食材・食品の輸出につなげる(インは文字通り日本産の意味、フロムは日本から運ばれたこと、バイは日本様式で調理されたものを示す)戦略で、クールジャパン、ビジットジャパンなどとセットに、世界をにらんだ市場でやっていく」と。

 

雑誌『ソトコト』の編集にも携わっていたという女性から。「お話を聞いて外向けでなく、内向けというのはよくわかった。ずっと情報がないと感じてきて、申請の都合上、あまり賑やかにできないのも理解できたが、今後、日本人向けの説明・普及は? また12月以降の計画はあるか?」。「実はやってきたつもりで、昨年も全国ブロックでシンポジウムを開催」と言う室長に「一つ参加した」と女性が答える。やはり、今日の講座参加者は意識が高い。室長「一般市民の方にも伝えなければいけないが、全国民を相手には難しく、ネットワークをもつ方々に集まってもらい、その人たちから伝えてもらいたいという狙いもあった。全然足りないというのはその通りで、今年も夏過ぎから全国でシンポジウムをやる予定。また、熊倉先生を中心にみんなが読みやすいテキストブックを作ろうとしている」。重ねて問う。「海外でも意識の高い人はこの動きに関心を持って情報を求められるが、記事も全然なくて。あえて情報を制限しているということは?」。室長「正直それはある。動きたがる人はたくさんいるし、こちらもアピールしたい。しかし、商業的と取られかねない。我々としても非常に難しい」。

 

次の方は、「和食と日本的食文化の切り分けはどうするか、お話を聞きたくて」と参加の動機を示し、自身の経歴を紹介。大学に非常勤講師を派遣する仕事をして世界の食文化を提供してきたが、日本の食文化を語る人がおらず、自ら学んで今年大学で講義に立つと。そして「食育が地域の食育に偏し、大学生への講座が非常に少ない(大学・専門学校など、調理がらみの講座ばかりで)。今の大学生は海外に行って日本の食文化を語れない。今の、日本の国民向けという話はとても嬉しかった。具体的に大学生への教育、生涯教育の大人向け講座など啓発活動も考えてほしい」という声に我が意を得たりと久保田室長。「実は、女子栄養大で先日講義をしてきたばかり。非常によかった。学生は純粋に聞いてくれ、未来を描いてどうしなければいけないかを考え、質問をしてくれる。やはり学生さんを対象にやらなければいけないと強く思った。先ほど言ったテキストブックも、日本の食文化の歴史や和食の思いを盛り込む。それもきっかけにまたやっていきたい」。

参加者の関心を反映し、密度の濃い質疑となった。(了)