Symposium 公開シンポジウム

食の文化シンポジウム2015
共食 〜あなたは誰と食事しますか?

2015年10月24日(土) 13:30 ~ 16:30

テ ー マ 共食 〜あなたは誰と食事しますか?
締め切り 2015年10月20日(火)
参加費用 無料
会  場 味の素グループ高輪研修センター 大講義室
主  催 公益財団法人 味の素食の文化センター

テーマ「共食(きょうしょく) 〜あなたは誰と食事しますか?」

共食は、人類が言葉を発明する以前から共同意識を高めるために大きな力を発揮した人類固有のコミュニケーションであったと考えられる。ところが現代においては個食が増え、コミュニケーションの場としての食事の役割は減少する傾向にある。今後、共食の場をどのようにデザインして日常生活に組み込んでいくのか、さまざまな具体例とともに考えたい。
第一部 基調講演
「食事は人間に何をもたらしたか」山極寿一氏(京都大学総長)
第二部 パネルディスカッション
コーデイネーター:髙田公理氏(武庫川女子大学 名誉教授)
パネリスト   :山極寿一氏(京都大学 総長)
         藤本憲一氏(武庫川女子大学 教授)
         石井智美氏(酪農学園大学 教授)

REPORT

食の文化シンポジウム2015
「共食 〜あなたは誰と食事しますか?」

 

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基調講演をされる京都大学総長 山極寿一氏
人類学、霊長類学の研究者としてのキャリアからご講演されました。
 
本シンポジウムのテーマである「共食」は、人間の進化の過程においてどのようにうまれ、人間社会の形成に関わってきたのか。冒頭は次のような話で始まりました。
 
実は、共食というのは根深いものである。
今、食事というものは1人で食べるようになってきていると思う。これは人間の生理に基づくものであると同時に、社会的な環境にも大きく作用されるもの、するものでもある。
人間の食べるという行為はサルからきている。サルと人間は五感がほぼ一緒。とりわけ胃腸の構造が近い・・・人間はまずサルのからだをもって生まれ、毎日食事をし、その上で一緒に食べるということをはじめた。そこが今日の話の重要なポイント。・・・・
人間は霊長類の仲間。霊長類は300種類くらい世界中に暮らしているが、そのほとんどは熱帯とその周辺に限定される。・・・・人間だけが世界中に広がっている。これは何かを突破したから。だから、サルには(他の霊長類には)進むことができない土地に進むことができた。何か?それは食。食べ物を改変したからこそあらゆる地域に進出することができた。
 
続いて、食べる行為におけるサルと人間との違いを食物の分配の有無により説明されました。
 
サルはエサをはさんで向かい合うと弱いほうが手をひっこめる。サル社会では強い者がエサを独占する。それがサル社会のルール。エサというのはけんかをひきおこしやすい材料なのであらかじめルールを決めておく。おたがいにどちらが強いか弱いかをはっきり了解しあい、弱いものが手をひっこめるということをサル社会ではルール化した。そうするとケンカがお起きない。おきたとしてもすぐおさまる。自分と相手だけでなく相手同士のどのサルが強いかを認識していて苦境に陥ったときにはそれを利用することもある。サル知恵。ところが人間を含む類人猿はそれをやらない。虎の威を借る狐という行為はやらない。何をするかというと、食物を分配する。しかも弱いほうが強い方に向かっていってそれをねだって、獲得する。強い方は自分の力を行使してそれをうばいにいくということはしない。それがゴリラやチンパンジー社会のルール。サルとは真逆の方向で食物が移っていく。人間社会はそちらからきているのではないかというのが私の仮説。
 
人間はもっと気前がいい。相手に求められもしないのにもっていっていっしょに食べましょう、とする。これが共食。人間は餌をさがしにいくときに、自分だけの食欲だけではなく仲間の食欲が頭にはいっている。だから自分で食べる量以上の食物を集め、仲間のところにもっていって分配してともにたべる。それによって仲間との関係が調整できる。関係がつくれる。仲直りや交渉の場に食物が利用できるということを知っているから。それをまったく自然にやっているから実はそういうことをやっているとは意識していない。それほど人間には食物の分配は当たり前の行為。でも、サルから見たらとんでもないことをやっていると見えるはず。
そういう変なことを人間ははじめた。その根は類人猿にあり。それをもっと改良して食事という集団行為をつくりだしたということになる。
では、なんでそんなことをしたの?それは共感をはぐくむため。
そのことによって相手が何を欲しているか、自分をどうみているかということを読む力。共感力を育てたのだと思う。
 
人類神話のキーワードは19世紀からいろいろと変わってきた。
19世紀は、人間の知能にフォーカス。道具や武器をつくり言葉を発明していろんな複雑な行為をはじめた。それが人間の進化のキーワードだと思われていた。しかしそれは人類進化700万年の中ほんの最近の出来事だということがわかってきている。言葉もせいぜい数万年前。人類がチンパンジーとの共通祖先から分かれてから、人類の進化を牽引してきたキーワードを考えると、食事だということがわかってきた。なぜ?それは食事の共有が他の類人猿やサルとは違う点であるから。
 
ところで、共食につながる食物の分配は、数多い霊長類の中でも、類人猿と特定の種にしかみられない。そのキーワードは共同保育。類人猿や共同保育を行う種は、子どもの成長期間が長く親が子どもをケアする時間も長い。その過程において、分配行動が大人の間に普及する機会があったのではないかと推察されました。
 
その中からわれわれ人間1種のみに広域の分配がはじまった。親子でもなく近しい仲間でもないのに、見ず知らずの他人に対しても気前よく食物を分配するという行為がでてきた。世界中の民族で、食事という行為は仲間だけで行うのではなく、客人をよんだり、いろんなひとびとの間で行われることが知られている。なんではじめたのか。おそらく危険な地域にでていったので、食物を使っていろんなひとたちと結びつく必要があったのだろう。社会行為につかわれた、そういう歴史があったのであろうと予測できる。
 
さらに、人間進化の歴史を振り返り、700万年前に人間が霊長類共通祖先から分岐し、最初に獲得した特徴は2足歩行であり、それを獲得してから森林からオープンランド、木のない地域へ出て行ったこと。260万年前には肉食の開始、石器を使って肉食動物が置き去りにした死体から肉を切り取って食べることを始めたことなどを話されました。
 
・・・・約500万年間、人間の脳は類人猿並みに小さく、人間はただ立って2足で歩き、手を使って暮らしている動物だった。・・・・では、手は何をしたのか。それは運搬であろう。食物を運搬したに違いない。栄養価の高い食物をもって仲間のもとに運んで行き一緒に食べるという行為が、人間が二足歩行を重要な食に使った最初なんだろうと思う。・・・・
・・・・そして、食物を仲間のもとに運んで共食をはじめたことにより、人間の社会性が芽生えたに違いない。
 
その次に肉を食物の中に取り入れ、動物たんぱくを増やす。そのことによって各段に栄養状態がよくなり、脳を大きくすることができるようになった。脳は栄養を食う器官。余分なエネルギーを獲得しないと脳を大ききできなかったはず。それがはじまったのは肉食のおかげだといわれている。
 
さらに火と調理によって消化率が上がり、胃腸が小さくなり、それまで食べることに費やしていたエネルギーと時間を節約できるようになったことなどに触れ、
 
前者は脳にまわし、後者はおそらく食物を使って社会交渉するために使われたのであろう。それによりさまざまなひとたちと連携できるようになったことが、人間社会発展の根っこに定まっているのだと思う。
 
次に脳の発達と種の集団サイズの科学的検証、人類独自の生物学的進化と社会の形成といった大局的な見地から共食の成り立ちを考察する興味深い話が続きました。
 
人間の社会というのは、家族という自分の見返りを期待せずに自分が保護したいという 気持ちによってつくられている小さな集団-共鳴集団とよんでもいいでしょう-それが集まってできている共同体-コミュニティ-の二重構造をしている。コミュニティの中は互酬的です。何かしてあげれば何かお返しがくる。何かしてもらえば返さなければいけないと感じる。そういう互酬性で保たれている。そこに人間は半永続的に帰属意識をもつ。それがだんだん今、崩壊しはじめている。それは社会が崩壊したのではなく、コミュニケーションの質が変わったから。
 
・・・・食は人間のコミュニケーションの重要な手段であった。近親者という生物学的なつながりを超えて人間をつなぎとめるものであった。それがだんだん個食になり、だんだんと少子化になり、こどもを中心にひとびとがつながることが少なくなってきた。共食の機会が減少してきた。これがばらばらになる大きなきっかけになったのだと思う。
 
しかし家族が崩壊してしまうというのは人間性がどんどん消えてしまうということにほかならないと思っている。子育ては計算ができない。なぜなら時間のかかるものだから。もともと手間のかかるものだから。その手間をかけることによって実は、子供はいろんな人間関係をその中で覚えていく。そして使えるようになる。食もそう。食は経済化できないもの。・・・・いろんなものによって自分の欲望だけを際立たせるようになってしまったことが社会をどんどんばらばらにする源泉になっていったのだろうと思う。それによって失うものは実は共感能力。
 
ルールだけの社会。共感能力の必要ない社会。これはまさにサル社会です。サルは人間bのように共感は高くない。でもあれほどまとまったグループがつくられているのはあそこにルールがあるから。でも、人間はそっちの道を歩んでしまったらいろんな事態に対処ができなくなる。どんどん閉鎖的な社会になる。
 
人類が長い歩みの中で獲得し、社会をつくり発展させる源泉でもあっただろう共食―食のコミュニケーション。その大切さへの気づきと、世の中の利便性が増し、IT化が一層進むこれからの社会にどのように共食を復活、機能させるべきかの課題を投げかけ、基調講演は終了しました。
 
 
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基調講演を受けたパネルディスカッションでは、家族、ならびに家族を中心としたコミュニティの共食が現在も色濃く残るモンゴルの様子。対照的に、日本の、家族とは離れた新たなコミュニティにおける共食、先端ITを活用した共食シーンなどの具体例がスライドによって示され、それらを中心に食のコミュニケーションの可能性について議論が交わされました。多様化する社会において、自らの生活と照らし合わせながら、共食の場をどのようにつくり豊な生活につなげていけばいいかを考える機会となりました。
 
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パネルデイスカッション・コーデイネーター:髙田公理氏
専門分野は社会学、旅・食・嗜好品・酒・ねむりなど「たのしみ」の探求
 
 
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パネルディスカッション・パネリスト:藤本憲一氏
専門分野は情報美学、メディア環境論
 
 
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パネルディスカッション・パネリスト:石井智美氏
専門分野は微生物学、栄養学。モンゴルのフィールド調査もたびたび行い、現地の生活に詳しい。
 
 
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パネルディスカッション・パネリスト:山極寿一氏
基調講演に続き、ご登壇いただきました。
    
    
 

 

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