左・麻婆豆腐のピザ、右・腐乳のピザ

実用的料理本は、書斎に置くものではない。台所の常備品であるべきだ。そんな信念にもとづき、わが家の台所の食器棚の一隅を、数10冊のクックブックが占拠している。料理にとりかかる前に、レシピに目を通して、これからつくる料理の手順をおさらいするのが、長年の慣わしであった。ところが、この2~3年、台所の料理本を参照することが、めっきりすくなくなった。レシピどおりの料理をつくらなくなったのである。冷蔵庫のなかの余りものなどを材料に、クックブックにはない、そのときどきの思いつきで料理をつくることがおおくなったのである。料理の達人が、いままでになかったレシピを開発した場合は、「創作料理」という看板をかかげてもよいだろう。しかし、素人のわたしが思いつきでつくるのは「でたらめ料理」というほかない。
近頃よくつくる「でたらめ料理」はピザである。ピザをつまみに、安物の赤ワインを飲むことが好きになった。ピザを食べるためにワインを飲むというよりは、ワインを飲む口実にピザをつくるようになったのである。コムギ粉を練ってピザ生地をつくることはしない。スーパーで、ピザ生地や、メキシコ料理のトルティーヤ用のタコス生地の冷凍品を買ってくる。タコス生地の場合は、薄いので腹にもたれないし、小型なのでオーブントースターにいれて焼くことができる。ピザ生地にトマトソースを塗り、野菜や肉の具とチーズをのせ、オーブンで焼くのが、一般的なピザである。しかし、その日の気分まかせでつくる酩酊流のピザは、なんでもありだ。
食べのこしたカレーやシチューを塗ったピザ、きざみ納豆をのせたピザ、佃煮の小魚や塩辛を具にしたピザなど、...数えたてたらきりがないが、なかでもお気にいりは豆腐ピザである。体重が気になる酩酊先生のことである。カロリーがたかいチーズのかわりに、健康食品である豆腐を使ってみようと思いついたのである。水切りした豆腐をつぶし、こくのある味にするためにオリーブ油少量と、アミの塩辛を混ぜてペースト状にしたものをピザ生地に塗る。そのうえに、ハム、ベーコンなどの肉類、ウナギやアナゴの蒲焼きをきざんだもの、キムチなど、そのときどきの思いつきの具をのせて焼くだけである。
チーズを、発酵豆腐にかえてつくることもある。腐乳(フゥルウ)とか、南乳(ナンルウ)、豆腐乳(ドウフールー)という発酵豆腐がある。豆腐にコウジをつけ、塩水のなかで発酵させた食品で、発酵臭と塩味がする。これを中国食品店で買ってきて、つぶしたものを、ピザのチーズのかわりにすると、独得の風味がある。写真の左側は、余りものの麻婆豆腐にチーズ少量をのせてつくったピザを焼きあげてから香菜を散らしたもの。右側は腐乳を塗ったうえに、赤ピーマンとやわらかなサラミ・ソーセージを配したピザである。味のほどは、ご想像にまかせることにしよう。
店では食べられないさまざまなピザを発明したと、得意げに知人に自慢した。ところが、「カレー・ピザなど珍しくはない、市販されているよ」との返答であった。でも、豆腐ピザはわたしの独創のはずだ。気になってインターネットで「豆腐ピザ」というキーワードで検索してみた。ある、ある、約四万件もヒットした。豆腐をつぶしてマヨネーズと混ぜたペーストをつくる方法、水切りした豆腐を薄切りにしてコムギ粉をまぶしたものをピザ生地として使用する料理など。「あたらしいご馳走の発見は人類の幸福にとって、天体の発見以上のものである」という、『美味礼賛』の著者ブリア=サヴァランのことばは真実であった。わたしの思いつくことは、誰でも思いつくことであったのだ。

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