大食軒酩酊の食文化

もう一皿

vesta 117号掲載

 わたしは、おいしそうな料理を盛った皿がたくさん並べられたレストランの食卓をまえにしても、「もう一皿ほしいな」と思うことがおおい。

 料理の量がたりないわけではなく、わたしの好みの料理を追加したいと思ったわけではない。足りない一皿とは、灰皿である。

 料理にあった酒は飲むが、タバコの刺激は味覚をさまたげるので、食事中に喫煙することはない。しかし、食欲がみたされたあとの一服は、わたしにとっていちばんタバコのおいしいときである。

 ヨーロッパでも、食後の一服は重視されていた。古典的なフランス料理の宴会では、デザートのあとにシガー(葉巻)を吸う時間があってワンセットのフルコースとされたのである。

 食後の満足感を持続させるためには、食事の延長として、食卓でタバコに火をつけることが必要である。灰皿が提供されず、喫煙所に移動して吸わされたら、食事行為と喫煙行為が切りはなされ、食後の一服のおいしさがそこなわれてしまうというのが、わたしの持論である。そこで、わたしは灰皿が提供される食堂をひいきにするようになった。

 公共の場での喫煙が禁じられるようになったのが、21世紀の世界である。公共施設や職場では禁煙が普通であり、愛煙家は休憩時間に喫煙所でタバコを吸うことになった。受動喫煙の害を考えると、非喫煙者から離れた場所でタバコを吸わせる「分煙」にたいして反対するつもりはない。ただ、公共の場所に設置された喫煙室を改善してほしいというのが、愛煙家であるわたしの願いである。

 日本の喫煙室は、大きな灰皿が置かれたせまい小部屋で、うす暗く、イスがなく、立ってタバコを吸わせる場所であるのが普通である。愛煙家にとっては、タバコを楽しむ場所であるべき施設が、タバコを吸う者を犯罪者あつかいにして、収容する拘置所とされているような印象をうける場所である。ソファーにもたれて、ゆったりとタバコを吸える雰囲気の喫煙所に出会ったことはない。

 20歳のとき、友人からタバコを勧められ、火をつけたのが最初で、それから60年以上タバコとライターを手放せない生活をするようになった。その間、さまざまな灰皿を使用してきたが、いちばん気にいっているのが、写真にあるホラ貝の灰皿である。

 1966年、ミクロネシアの調査で、トラック諸島の海岸を歩いていたとき、むしょうにタバコを吸いたくなった。

 わたしは歩きタバコはしないことにしている。海辺の岩に腰をかけて、一服することにした。波打ちぎわに転がっていたホラ貝を灰皿にしてみたところ、なかなか使いごこちがよろしい。貝殻の狭間に、吸いさしのタバコを挟むこともできる。これを持ち帰って、書斎の仕事机に置いて、自然の産物の灰皿を半世紀以上愛用している。

 タバコが健康によくないことは承知のうえで、わたしは禁煙をしようとは思わない。

 わたしの知るいちばんのヘビースモーカーは、故小松左京さんである。元気なころは、紙巻きタバコを毎日120本も吸ったという。ふだんは1箱(20本)くらいしか吸わないわたしも、小松さんと酒を飲んだときには、小松さんの喫煙ペースにつられて2箱空にするのだった。

 タバコが健康によくないと、周囲の人びとがタバコをやめたころ、「オレたちは、禁煙するなんて意志薄弱なことはするまいな」と、小松さんに約束させられた。

 小松さんが亡くなる数日前に、病室にお見舞いにいったときのことである。「医者から禁煙を申しつけられているが、タバコの煙を嗅ぎたい」というので、わたしは枕元で一服したことである。

 身内だけでおこなった告別式に、わたしは特別に許されて参加した。このとき、お別れの献杯のほかに、「嫌煙」ならぬ「献煙」 の儀式がおこなわれた。式場に飾られた小松さんの肖像写真の前にタバコを吸う参列者たちが集まり、煙を写真に吹きつけたのである。