『vesta』文献紹介

井坂理穂・山根聡 編

食から描くインド―近現代の社会変容とアイデンティティ

写真家、文筆家 森枝 卓士
vesta 116号掲載

 「どうして、タンドール(窯)があるの?お宅は南インドのレストランでしょ」
 そう聞いたことがあった。タンドリーチキンやナンを焼く、タンドールは北インドのもの。南にあるはずはない。だけど、日本のお客さんはインド料理だったら、タンドリーチキンやナンがないと納得しない。付き合うしかない。
 韓国と言えばキムチと焼肉。それと同じようにインドと言えばカレー。韓国もインドもそこからは少しは脱したかと思っていた。
 しかし、中華料理で麻婆豆腐のような辛い料理は四川で、北京料理の北京ダックと一緒に出てくるわけはないという、そのレベルにはまだまだ、日本人の意識は達していないのだということだった。インドの食はマニアックに、歪に知られているということか。
 というわけで、本書。南インド近代史やウルドゥー文学を専攻する編者たちと、人類学や宗教学等々、様々な研究でインドと関わっている研究者たちの、まさに「食から描くインド」である。
 いくつか、章タイトルをあげてみたい。「一九世紀後半の北インドにおけるムスリム文人と食」、「インドのイギリス人女性と料理人ー植民地支配者たちの食生活」、「ナショナリズムと台所ー二〇世紀前半のヒンディー語料理書」、「現代『インド料理』の肖像ーはじまりはチキンティッカー・マサーラーから」というような具合。それに加えて、ジャイナ教の食だったり、日本における「カレー」についてのコラムといったものまで満載。どうです、マニアックでしょう?目次を見ただけで嬉しくなってしまう。なんて、ディープな、と。
 ただ、そうは言っても歪ではない。様々な側面から、近代以降のインドの食に焦点を当てて、丁寧に見ていっているという本である。なので、食文化、あるいはインド、あるいはカレーに興味をお持ちの貴方なら、読んで損はない。満足して貰えるはず。こういう研究者が育ってきているのだと認識しつつ。
 本来なら、こういう「書評」、どこぞ引用しつつ、論を展開するのがお約束だ。しかし、そう試みようとしたら、個別の事象の説明が必要かと思ったらどうにもならぬ。文字数が。 たとえば、今や日本でもお馴染みのバターチキンという近代の発明がどのようになされたかという展開と、現代のインド料理という定義を考えるだけで......。ああ、面白い。
 そうそう。この著者たちを中心に、インド食文化事典というのを作って欲しいなあ。
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