『vesta』文献紹介

江原絢子・平田昌弘・和仁皓明=編著

近代日本の乳食文化―その経緯と定着

石毛直道
vesta 119号掲載

 乳牛や山羊を飼養して、その乳を搾って食用にする生活様式を「酪農」という。乳は理想的な栄養食品であるが、生乳はすぐ変質してしまう。そこで、酪農地帯ではバター、チーズなどの乳製品に加工して保存食品化して搾乳の困難な時期の食料にすることがおこなわれる。酪農民は乳を飲むだけではなく、「乳を食べる」人々である。  7世紀中頃、朝鮮半島経由で日本にやってきた中国人の子孫が、天皇に牛乳を献じ、「和薬使主(やまとくすしのおみ)」という称号を授けられたという記録がある。8世紀になると、宮廷の典薬寮(てんやくりょう)に、乳牛を飼育する農家を所属させ、牛乳や牛乳を煮詰めてつくる蘇(そ)を納入させた。  牛乳を飲んだり、蘇を食べたりしたのは、宮廷貴族など、ごくかぎられた人びとであった。12世紀以降、貴族政治の没落とともに、それらは忘れられた食品となった。

 明治時代になると、西洋医学の影響で牛乳が健康食品であるとされ、母乳の代用品として牛乳を使用するようになる。また、牛乳を使用した西洋菓子やアイスクリームが製造されるようになった。酪農が近代産業化するのは、大正時代に森永乳業、雪印乳業の大手の乳業会社が乳製品を販売するようになってからのことである。  第二次大戦後、アメリカの救援食料であるララ物資による脱脂粉乳がもたらされ、1954年制定の学校給食法により、学校給食に牛乳が導入された。そして牛乳が日常食品化したのである。

 平成年間になると、バターやチーズが家庭料理に使用されるようになり、日本人も「乳を食べる」人々の仲間入りをしたのである。  外来文化である乳が、日本にどのように受容され、定着したかを考察することは、近代日本の食文化研究にとって欠かせない課題である。しかしながら、この分野に関する先行研究はほとんどなかった。  この本は、「近代以降の日本の食文化形成における乳の役割と今後の可能性に係わる研究手法の確立」をめざす「乳と日本食の勉強会」の研究成果をまとめたものである。  そこには、酪農を研究する農学者、学校給食の現場にかかわる教育者、畜産科学の研究者、乳業会社の研究者、食文化の研究者など,さまざまな分野の研究者による12論文が収録されている。本書は未開拓の分野にチャレンジした、類書のない研究書として後世に残るものである。