『vesta』文献紹介

岩間一弘編著

中国料理と近現代日本 ー食と嗜好の文化交流史

国立民族学博物館教授 野林厚志
vesta 118号掲載

 近現代の日本における中国料理に関わる現象について精通した著者の論考がならぶ、学ぶべきところの多い論集である。これだけの論考をまとめあげた編者の労に敬服する。食文化研究は様々な分野、領域から取り扱うことが可能で、それゆえ、「どこそこでどのようなものが食べられてきた(いる)」という表面的な現象や言説を、歴史やエスニシティの所産であると勝手に解釈する質の悪いものが散見される。本書は、歴史資料の丁寧な渉猟にもとづいた手堅い論文がならび、近現代日本の食文化の一翼を担う中国料理を理解するうえでの安心感を与えてくれる。
 本書が教えてくれることの一つは、我々が日本で食べている「中国料理」のなかの料理一品、一品の履歴や料理の系譜である。中国と日本との長い歴史的な関係があることとはもちろんのこと、中国から導入された料理が定着していくうえでの現地化がいかに日本で進んできたかということがよくわかる。これには、もともとの中国における出自の違い、日本におけるのれんわけ、日本のなかでの地域化が背景にあるらしい。また、台湾と中国という日本にとっての2つの中華の存在も、日本の中国料理を考えるうえでの重要な視点となることがわかる。
 ところで、本書でとりあげられているものは、主として外食、もしくは中国料理「店」の系譜であるようにも感じた。家庭の料理の中に中国料理がいかにはいりこんできたかということはとても気になるところである。
 60年余続いているNHKの「きょうの料理」の最初の放映月である1957年11月の献立には、蝦仁豆腐、ぎょうざ、什景火鍋子、木筆白菜といったいかにも中国料理といった名前がならび、番組のスター料理人であった陳建民は麻婆豆腐をはじめ、数々の中国料理を家庭の食卓に送り込んだ。当時のNHKの制作ハンドブックには、「生活にとりいれられる」、「半歩前に出る」といった指針が出されていたらしく、テレビという、当時の先端のメディアにのって中国料理が現代日本社会の家庭の食卓にはいりこんでいった様子がうかがえる。家庭の中国料理が、外食の中国料理になんらかのかたちでフィードバックしなかったのかは本書を読みながら、あらためて湧き上がった疑問であった。
 近現代日本の歩みを、料理という視点で説き明かした視点は慧眼であり、歴史研究における食文化というジャンルを説得力をもって定着させた良書である。また、次なる問題意識を読者に与えてくれるという点において、食文化や近現代日本史に関心をよせる層だけでなく、食文化史という新たな領域を志す者にとってよき指針を与えてくれるであろう。

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