レモン皮をスピリタスに漬けたところ。一週間たつと、皮とおなじ色の液体になる。左はスピリタスの瓶。

大晦日の晩には、親しい友人の奥村彪生さんと程一彦さんがわが家を訪れ、1杯やりながら新年を迎えることが、30年以上続いている。NHKの「きょうの料理」の常連でもある2人の料理の名人を、わたしの手料理でもてなすのである。このときは、なるべく、お2人の知らない土地の料理を供することをこころがけている。わたしの素人料理でも、知らない料理だと好奇心をもって食べてもらえるだろうし、本場の味をうまく再現できたかどうかも、わからないだろう。



ということで、毎年の除夜の宴には、その年わたしが訪れた外国の料理を何品かつくることにしている。もちろん、年越し蕎麦でしめくくるのだが、蕎麦つゆつくりは、わたしの得意芸である。



昨年わたしは南イタリア各地に旅行したので、シチリア島の料理をつくった。料理と一緒に供した酒は、自家製のリモンチェッロ。リモンチェッロはレモンの果皮を原料とした果実酒である。現在では、シチリア島などレモンを栽培する南イタリア各地でリモンチェッロを工場生産した瓶詰めの商品が販売され、イタリアの名産品となっている。もともとはナポリ湾周辺地域で製造された酒で、「帰れソレントへ」のカンツォーネで知られるソレントを中心とした地域では、かっては日本の梅酒つくりのように、各家庭ごとに庭のレモンを使ってつくっていたという。



わたしは南イタリアの旅でよく飲んだこのリキュールを、自分でつくってみたのである。そのつくりかたを記してみよう。



まず、レモンの皮を薄くむく。このとき、果肉に接した白い部分がまざると、えぐい味になるので、黄色い皮のところだけを使用する。ガラス容器に、レモンの皮を入れ、スピリタスというポーランド製のウオッカを注いで密封する。



冷暗所で保存し、ときどき容器をゆすって、1週間ほどするとレモン色をした液体ができあがる。水に氷砂糖をいれて、鍋で沸騰させて、シロップをつくる。シロップが冷めたら、レモンの皮を漬けた液体と混ぜ、漉して皮をとりのぞいてから、煮沸消毒したガラス瓶に入れ、1週間熟成させると、リモンチェッロができあがる。



 わたしは、レモン10個、スピリタス1リットル、水1リットル、氷砂糖600グラムの割合でつくってみたが、ウイスキーよりもややアルコール度数がたかく、甘すぎず、さわやかな味のする、レモンの香りがたかい、黄色いリキュールが完成した。



ソレントで買った瓶詰めの既製品と、わたしの手づくりのリモンチェッロをグラスに注いで、どちらが手づくりを知らせずに、数人に試飲してもらうブラインドテストをしてみた。すると、手づくりのほうがうまいと評価する人が過半数を占めた。イタリアでは、この酒を冷やして、ストレートで食後酒として飲んだり、ソーダ割りにして飲むことがおおいようだ。



さて、この酒つくりに使うポーランド製のウオッカであるスピリタスについて紹介しよう。

これは、アルコール度数九六度の蒸留酒で、世界でいちばんきつい酒といわれる。オオムギ、ライムギ、ジャガイモを発酵させてから、連続蒸留器を使用して、これ以上アルコール度数をたかめることが不可能になるまで、70回以上も蒸留をくりかえしてつくった、純粋アルコールにちかい酒である。



30ミリリットルのショット・グラスにいれたスピリタス1杯は、アルコール度数5度のビールに換算したら500ミリリットルの中瓶のビール19本に相当する。ポーランドでは、スピリタスをストレートで飲むことはなく、狩人が携帯して森で水で割って飲んだり、果実酒やカクテルつくりのための酒とされた。また、皮膚感染症の予防や治療の消毒薬などアルコール消毒の材料として使われるという。



 日本でも大きな酒屋では、スピリタスを販売している。リモンチェロつくりのために購入したスピリタスの瓶を冷凍庫で冷やして、ストレートで飲んでみた。瓶の裏側に貼られた日本語表記のラベルには「アルコール度数が高いため、火気に注意して下さい」と書かれている。

日本ではアルコール度数が60パーセント以上の品物は、消防法の規定ににより危険物として規定されていいるからである。スピリタスを衣服にこぼしたところにタバコの火がうつり、大火傷をする事故もあるという。



スピリタスを口にいれると、甘みを感じる。純粋のアルコールにちかいので、ほかの香りや雑味はない。だが、甘みを感じるのは、ほんの一瞬で、あとは燃えるような強烈な焦熱感がして、舌がしびれる。口から呑みこむと、食道が痛くなる。そして胃袋が熱くなった感覚がつづく。うまい酒ではないが、それでいて、また飲んでみようかと思う酩酊氏のことである。わたしが日常的にスピリタスをストレートで飲むようになるのは、本格的なアル中患者になったときである。



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