薄くひろげたナマコ。2008年、高さんは厚さ0.003ミリにまでひろげ、ギネス世界記録に登録され、その後二回記録を更新し、2016年には0.0019ミリにまで薄くすることに成功した。

昨年の夏、酩酊は北京で開催された「中国食文化研究会」に参加した。このとき、旧友の北京大学教授の賈_萱さんに招待された「味道花園」というレストランで、珍しいナマコ料理の実演を見たので紹介しよう。

 奈良・平安時代の朝廷に、諸国からナマコが献上された記録がある。それは保存や運搬に便利なように、海水や薄い塩水で煮てから乾燥させた、干しナマコ(イリコ・ホシコ)であろう。あとは江戸時代の『料理物語』に干しナマコの煮物や汁物がでてくるくらいで、日本では干しナマコは食べず、鮮度のよい生のナマコを薄切りにして、酢のものにして生食するのが普通である。

 ナマコそのものには特別な味はなく、生のナマコのコリコリとした食感を楽しむ料理である。ゴムを噛んでるようで、なかなか噛みきれない。しかし、ナマコは、コラーゲンやコンドロイチンが豊富で、美容や健康によい食材だそうだ。

 中国では、ナマコを「海の朝鮮人参」という意味のという。健康によい、精力増給にもってこいの薬効のある食品であるとされてきた。

 日本の約25倍の広大な国土面積をもつ中国の海岸線の長さは、日本の半分以下である。海から遠い消費地に輸送するため、ナマコは干しナマコに加工するのが普通である。干しナマコは1週間くらい水や湯に漬けてもどしてから料理をする、手間のかかる食品である。

 17世紀末から18世紀初頭の明末清初の時代になると、干しナマコは宮廷料理など、高級料理に使用される、きわめて高価な食材として珍重されるようになった。生ものを食べない食習慣の中国のことである。もどした干しナマコは火熱を使用して、しっかり味つけをした料理にして食べる。おいしい味つけがなされ、やわらかく、噛みきることができるが、ナマコのすべすべした食感は楽しめるのが、中国の干しナマコ料理である。

 干しナマコを食べない日本でも、江戸時代から干しナマコが生産され、清国に輸出されていた。日本産の中国料理の高級食材である干しナマコ、干しアワビ、フカヒレは、俵に詰めて長崎から輸出され、俵物三品とよばれた。現在では、世界各国で干しナマコを、中国向けの輸出商品として生産するようになったが、日本産のものがもっとも高価で取引されている。

 養殖ナマコの生産に世界で最初に成功したのは日本であるが、その技術がとりいれられて、現在の中国でもナマコの養殖がなされるようになったし、輸送や冷蔵に関する技術の進歩にともない、北京でも新鮮なナマコが入手できるようになった。そこで開発されたのが、生のナマコを引き延ばして、やわらかく加工する技術である。

 「味道花園」レストランでの夕食のさいに、この技術を開発した総料理長の高建速さんが実演をしてくれた。詳しい説明をしてもらったのだが、大略だけを述べよう。

 秘訣は操作ごとに、温度のちがう低温の湯にナマコを浸すことである。湯の温度が高くなると、たんぱく質が変質して、うまく伸ばせないそうだ。まず、55度の湯に新鮮なナマコを短時間漬けてから、料理ハサミで縦に切って内臓をとりだす。ついで、50度の湯に2分間漬けてから、ナマコの両端をつかんで、ゆっくりと横に伸ばす。わたしも試させてもらったが、素人のわたしでも25センチのナマコを一メ1トルの長さまで引き延ばすことができた。ついで2人の助手が、上下に引っ張って、薄い膜状になるまで引き延ばす。すると、写真のように背後の本が読めるようになるほどの薄く透明な膜状になる。

 これを80度の湯に漬けると、膜が縮み、ナマコの原形にもどる。それを切って、小エビ、野菜などの具を加えてスープをつくってくれた。ナマコの食感はのこしながら、やわらかく、歯切れのよいナマコ料理であった。

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