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世界の麵の文化史

1987-1990.12

シルクロードの麵

(写真はいずれもウズベク共和国で撮影)

麵の起源

シルクロードは麵の起源を考えるうえで、重要な問題を投げかけてくれる。
中国領中央アジアである新疆ウイグル自治区の烏魯木斉(ウルムチ)のウイグル族の麵つくりには、ウイグル族の西側の民族から伝えられたものだという説と、漢族からウイグル族に伝えられたものだという説のふたつがあるという。
もし、西側から麵がウイグル族に伝えられたとするのが事実であれば、アジアの麵には、中国起源のもののほかにシルクロードから伝えられた系譜の麵が存在するということになる。
この場合には、中国とならんで麵の発達したイタリアとの関係を考慮にいれることになるわけだが、「麵のシルクロードの系譜」を念頭におきつつ、まずは中央アジアの麵について概観してみよう。

ウズベク共和国のラグマン

ウズベク共和国の首都タシケントは、トルコ語で「石の町」を意味し、モンゴルの支配下にあった13世紀頃からその名で呼ばれている。
19世紀後半に帝政ロシアの中央アジア経営の中心地となり、ウズベク共和国成立後は工業化がすすみ、現在では人口200万の大都市へと成長した。

ウズベク共和国では、麵そのものも、麵料理も、おもに「ラグマンlagman」とよぶ。
スープ用のスプーンを使って、麵、具、スープを一緒にすくってたべる。
麵は、スプーンの腹でおしつけて短く切る。
ラグマンは、ウズベク流の宴会にも登場する定番料理で、女性がつくるのが慣わしとなっている。
ラグマンつくりは、母から娘へ受け継がれていくものである。

ヘビがとぐろをまいたような形にまとめられたラグマンの生地。
食堂のラグマン
汁のすくないスープ麵に料理された家庭でのラグマン

ラグマンの種類 調理法と製麵法

具材の種類のちがいなどで区別すると、65種類のラグマンのスープがあるといわれている。
肉や野菜の具をたっぷりといれ、麵と具の量にくらべて、スープの量が比較的少ない汁麵にするのがオーソドックスなラグマンの料理法である。
ウシとヒツジの肉が用いられるが、ヒツジのほうが多用される。
汁麵には、トマトをきざんだものや、トマトペーストが用いられ、ネギ、ニンニク、トウガラシ、コリアンダー、ディルの若葉など、スパイスやハーブを使って香りをつけるのもラグマン料理の特徴である。

汁麵ではないラグマンの調理法には、コルマ・ラグマンがある。
麵を油で炒めた料理で、かつてはヒツジの脂肪が用いられたが、現在では綿実油が使用されている。

ラグマンの麵は、コムギ粉、塩、タマゴを混ぜて、しっかりとこねる。
練った生地をしばらくねかせたあと、手にたっぷりの油をつけて、ひも状にのばしていく。
生地をねるときにワインビネガーを加える家庭もある。
酢をいれると、麵の弾力がつよくなると考えられている。
こうしてつくられた麵は、通常ラグマンとよばれるが、ほかの製麵法と区別する必要があるときには、チョズマ・ラグマンchozma lagamanという。
その他の製麵法をあげてみると、中国の手延べラーメンと同様のものをタシュラマ・ラグマンtashlama lagman、切り麵をケシュマ・ラグマンkeshma lagmanという。

ラグマンの製麺・調理風景

家庭でのラグマン製麺・調理風景

棒状に生地をのばしたのち、
渦巻き状にしてしばらくねかせる
両手のあいだにまきつけてのばす

ケシュマ・ラグマン

ひろげた生地をロール状に巻いてきる。切り麵のケシュマ・ラグマンは家庭ではあまりつくられず、レストランや食堂では手回しや電動の製麺機でつくることがおおい。

コルマ・ラグマン

塩味のきいた牛肉をきざんだものが混ざっている。トマトペーストでいためられたこのラグマンは、さしずめ中央アジア風のスパゲッティ・ナポリタンといったところ。コルマ・ラグマンはスプーンで食べる。スプーンでもたべやすいように5センチほどに切られているが、それでも麵をスプーンでたべるのは難しい。

奇妙な麵 ナリン

ナリンnarynは、幅のせまいひもかわうどんの形をしているが、長さは5センチほどしかない麵である。
ナリンの奇妙さは、その製麵法にある。
コムギ粉に少量の水、タマゴ、塩を混ぜて練ったものを、麵棒でうすくのばす。
うすくなった生地をそのまま、塩をいれた湯でゆであげる。
うちあげて、さましてから、板状をした生地を幅5センチほどに切りそろえる。
こうして短冊形にしたゆでたコムギ粉の板を小口切りにして、麵の形状にしたてる。
加熱してから切るというのは、コメ粉製品の河粉(ホーフェン)とおなじようなものであるが、生地をゆでてから切るために麵の美味しさであるコシが失われてしまう。
どうしてこのような料理法をするのか、ナリンはなんとも奇妙な麵であるといえる。

麺棒

ラグマンは東から

中央アジアのなかでも、ラグマンを食べる頻度は、地域や民族の伝統的な生業形態によって異なる。
はやくから農耕に従事していたウズベク族やタジク族がラグマンをよく食べ、カザフ族、キルギス族、トルクメン族のように牧畜的生業形態をとっていた民族は、農耕民ほどラグマンを食べる習慣はないと考えられる。
また、中国にちかい東側の地域がラグマンをよく食べて、カスピ海に近い西側の地域ではあまり食べられていないようである。

市場ではコムギ粉が量り売りされる

そもそも、ラグマンという名称は漢族の拉麵(ラアミエン)を語源にもつと考えられる。
ウイグル族の地域で漢族が拉麵系のことばを使用していることを考慮すると、そのように考えるのが自然であろう。
中国人からウイグル族がラグマンをならい、次いでウズベク族を経由して中央アジアの他の民族に伝播していったとするならば、ウズベク族やタジク族がラグマンをよく食べ、その他の民族にラグマンを食べる習慣がさほどないことも説明できる。
つまり、麵食文化の確立していたウイグル族から、旧ソ連領中央アジアにラグマンが伝えられたと考えられるのである。
ウイグル族と文化的にも共通性の高いウズベク族に伝えられ、おなじくオアシス農耕民であるタジク族でもラグマンが食べられるようになった。 しかし、遊牧民であるカザフ族、キルギス族にはなかなか麵食が普及しなかった。
中央アジアの西側に分布するカラカルバク族やトルクメン族は農耕と牧畜を生業としているが、東から伝播していった麵に出会うが遅かった、という仮説が成立する。
そして、中国から西に伝播した麵食文化は、カスピ海東岸のトルクメン共和国を西限とするであろうことも、カスピ海の西側のグルジア共和国、アルメニア共和国、アゼルバイジャン共和国などのコーカサス地方の伝統料理に麵が登場しないことを確認した調査から推察できる。

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