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モンゴル乳製品調査

1996.7-8

白い食べ物

モンゴルの食生活の特徴は、『白い食べ物』と総称される乳製品類と、『赤い食べ物』と総称される肉類を基本としているところです。
乳は、牧民にとっては飲み物というよりも食べ物として存在しており、肉と並んで主食として彼らの食事に大きな比重を占めています。
世界の牧民のなかでモンゴルほど多様な乳製品を作る民族は見当たらず、30種余りの乳製品の名が知られています。
モンゴルの乳加工の最大の特色は、乳脂肪、乳タンパク、乳糖を順次分離して抽出するセパレート方式であることだといえます。
すなわち、最初に乳脂肪分を抽出し、次に酸乳を利用しながら凝固したタンパク質を抽出してゆくというプロセスを辿ります。
単純化すると、乳からクリームを取り出し、そこからバターを作る一方、クリームを取り出した残りのヨーグルトからチーズを作る加工方法がモンゴルの乳加工体系なのです。

モンゴルの乳加工における脱脂工程は、①静置による脱脂、②加熱攪拌による脱脂、③攪拌による発酵を経た脱脂、の3つの方法に大きく分類されます。
静置による脱脂は、搾ってから濾過した乳を容器に入れておくと自然発酵が始まり、上部に脂肪が浮いて層として集積することを利用したものです。 取り出された乳脂肪(クリーム)はどろどろしており、ズーヒーやジョッヘと呼ばれます。
静置の間に発酵がすすんでいるので酸味があり、サワークリームのようです。
主にバターオイルの原料となりますが、砂糖やキビを加えてよくかき混ぜて食べることもあります。
一方、静置による脱脂を経た脱脂乳は、エードスン・スーと呼ばれます。
酸の働きによって主要なタンパク質であるカゼインが凝固し、やや固まった状態になっています。

加熱攪拌による脱脂は、搾ったあと濾過した乳を鍋に入れ、攪拌しながら上部に脂肪を集める方法です。
ひしゃくで何度もすくい上げて水分を蒸発させ、空気が入ることで発泡状態になります。
しばらく放置すると表面に月のクレーターのような表皮ができ、これはウルムと呼ばれる独特の乳製品(クリーム)です。
サクサクとして、ウエハースのような歯ざわりを持ち、脂肪分たっぷりで濃厚な質感があるものの、バターのような味ではなく、もっとあっさりしています。
外側は乾燥しており、内側には白い生クリームが付着しています。
ヨーグルトとバターの味わいを持ったウエハースといえます。
そして加熱による脱脂を経た脱脂乳は水分の蒸発した分だけ濃縮されていて、これをボルソン・スーと呼びます。

また、搾って濾過した乳を鍋に入れないでそのまま木桶に入れる地域があります。
木桶には攪拌棒が入れられており、蓋がついていることが多く、攪拌棒で十分攪拌して自然発酵をすすめたのち、上部に凝固している脂肪層を取り出します。
これが、攪拌による発酵を経た脱脂です。
攪拌による発酵を経た酸乳は、脱脂の有無に関わらずアイラグと呼ばれます。
酸度が高まっているため、凝固したタンパク質が再び溶解して全体として液状です。
モンゴル国では、アイラグといえば特に馬乳酒のみを指すようになっています。
このアイラグから分離された脂肪分はアイラギーン・トス、すなわち「アイラグの油」とよばれて、バター精製の原料となります。
ちなみに、おおよそ1日に30リットルほどのアイラグを作り、一日で消費してしまいます。
成人男子は一日平均4リットル飲んでいることが調査からもわかっています。

以上のような過程を経て得られた脱脂乳であるエードスン・スーやボルソン・スーからはさらに低発酵型のチーズ類が作られます。
上の写真は、ウルムをとった残りからビャスラグを作っているところです。
ウルムをはがして、鍋に残った脱脂乳(ボルソン・スー)に乳酸発酵をすすめるスターターとして、酸乳であるタラグを加えます。
まだ温かいうちに袋に入れて、水分を取り除き、カゼイン凝固している部分をさっと取り出します。
そのやわらかいチーズの原料を、糸を使ってのし餅のように薄く切り、乾かすとビャスラグになります。
また、静置して乳酸発酵をそのまますすめれば、タラグ(酸乳)になります。

この他にも低発酵型のチーズとして、エーデム、ホロート、エーズギーなどがあります。
エードスン・スーを火にかけると水分が分離され、これはシャル・オス(「黄色い水」という意)と呼ばれる乳清(ホエー)ができます。
一方、凝固部分は白いカード(凝乳)となり、エーデムと呼ばれます。
すくいとって乾燥させてチーズとしたり、他のチーズの原料となります。
このエーデムを火にかけて、ひしゃくで水分を除去しながら煮つめていくとホロートがつくられます。
粘りがでるため型に入れて成形し、天日で乾燥させます。
また、水分を除去せずにひたすら煮つめていき、成形せずにばらばらなまま乾燥させる方法で作るのがエーズギーです。
色は赤みを帯びた黄色をしています。

また、乳から取り出された脂肪分を多く含むクリーム(ズーヒー、ウルム、アイラギーン・トス)からはバターオイルが精製されます。
おおむね、クリームを布に入れてこしたり攪拌するなどして水分を取り除いた後、加熱して溶融したバターオイルをすくって取り出します。
溶融に際しては小麦粉などを入れて不純物を凝固させます。
原料となるクリームはツァガーン・トス(「白い油」の意)、精製されたバターオイルはシャル・トス(「黄色い油」の意)と呼ばれ、原料のクリームによって精製方法は微妙に異なるものの、名称のうえでは区別されません。

このほか、アイラグ(乳酒)から蒸留酒であるアルヒや高発酵型チーズのアールツやアーロールがつくられるなど、まだまだモンゴルにおける乳製品は多様に存在しています。

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