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中国食文化調査

1982.6-1983.3

揚州

点心

揚州は、古跡名勝に富む観光地であるほかに漆器、玉器、刺繍、木版、剪紙などの伝統工芸で知られています。
また、揚州三把刀といって、揚州人は三種類の刃物を扱うことにかけては天才であるとされており、それは床屋の刃物と裁縫の裁断用の刃物と料理庖丁のことです。
さらに揚州人の得意とする刃物にはもう一種類あるといい、それは盆栽や花を剪定するハサミを使うことです。
江蘇省でいちばんおいしい点心をつくる店という名声を博している富春茶社<フーチユンチャーシャ>の前身は、花屋でした。
大きな庭に菊の花を植え、盆栽の鉢を所せましと置いた園芸店であったようで、そこで花見客に茶を供していたものが、麺類や饅頭類などの点心を出したところおいしいと評判になり、ついに料理屋を開業したのが100年ほど前のことです。
常時注文に応じて100種類以上の料理は即座につくる用意がされています。
なかでも一番注文の多いのは三丁包<サンテインパオ>、翡翠焼売<フエンツイシヤオマイ>、千層油糕<チエンツオンヨウガオ>の三点心です。
三丁包の丁とは賽の目切りという意味で、トリ肉、ブタ肉、タケノコの賽の目切りを味付けしたものを餡にして、小麦粉の生地でくるんで蒸しあげた包子です。
濃厚ですが舌になめらかな味のするものです。
翡翠焼売は、蒸して半透明になった紙のように薄い焼売の皮をすかして、翡翠のように碧緑色の餡が見えます。
青菜<チンツアイ>を湯がいたものをペースト状にして餡としています。
千層油糕はパイ製の蒸し菓子みたいなものです。
3センチほどの厚さのなかに64層ありますが、西洋のパイ菓子みたいに口の中で薄い層がサクサクとはがれることなく、綿菓子のようにやわらかな感触で、薄い生地に脂肪がしみて、とろりとした甘さがあります。

刀工精細

揚州は中国の料理界における中心的地位を保っています。
各地の料理人が揚州のホテルや料理店に料理技術習得の国内留学にやってきたり、揚州の名料理人は香港まで技術指導にでかけ、中国の在外公館の料理人には揚州人が多いそうです。
揚州料理の特色は刀工精細であるといわれます。刀工精細の料理の代表例に豆腐干<トウフーガン>というものがあります。
押しをかけて水分を少なくし、硬く作った豆腐を水や茶汁でゆでてから弱火で乾燥させ、表面が生乾きになったものです。
中国では一般的な豆腐干を、揚州の料理人は庖丁の技術をふるって名物料理にしたてます。
鶏湯煮干絲<チータンヂューガンスー>とか五味干絲<ウーウェイガンスー>などの糸切りの料理をつくるのですが、おそろしく細く切るのです。
腕の立つ料理人だと厚さ約1センチの豆腐干を25層に切り、それをさらにそろえて千切りにして細い糸状にします。
揚州菜刀工精細ー揚州料理は庖丁の切れがよいーと自慢するだけのことはあります。

中国の京料理

西園飯店は、中国の料理人階級の中でも特に名人上手である大師傳<タイシーフー>の料理が味わえる料理店です逸圃花籃<イープーフアラン>と題する野菜でつくった美術品のような前菜や、月宮鮑魚<ユエコンパオユー>という名の夢幻の世界からやってきたような料理が出されます。
これは、暈を被った満月が碗に浮かぶ様子を現していて、鳩のタマゴの黄身が月、白身が月の暈になっています。
碗の底には小型の干鮑をもどして淡味で煮たものが沈み、水のように澄んだスープを張った絶品です。
刀工精細のつぎに揚州料理の特徴をのべることばとして、「火工考究、以清淡、鮮嫩、在切配上、以地方原料為主」と形容されます。
土地の産物を原料とし、火加減に配慮をはらい、さっぱりと淡味で、あまり手を加えず、持ち味を生かして新鮮さをたっとび、うまく切って盛り付けをする、とでもいうことでしょうか。
この詠い文句を皿に盛ったのが宮灯明珠<コンドンミンヂュー>です。
揚州産の川エビを油にさっとくぐらせて、真珠のように光沢をおびたさまを明珠と表現しています。
この他、野菜の糸切りを桂魚の肉の薄切りで巻きこんで蒸した三絲桂魚巻<サンスーグイユーチュアン>や小鳩を香料煮にして姿盛りにした五香仔鴿<ウーシアンツーガー>などがあります。
淡味で、隠れたところに技巧を駆使した料理屋の揚州料理は、日本でいえば京料理の味にたとえられそうです。

民衆の日常食

揚州市の東の境界となっている大運河を渡ったところに、湾頭人民公社があり、典型的な集約農業型の近郊農村です。
たいていの農家は道路に面して居住棟が建てられ、ブタ小屋のある中庭をはさんで台所と納屋がもうけられています。
台所の広さは3?4坪くらいで、大きなつくりつけのカマドを境に、二つの空間に分かれます。
カマドの手前は料理スペースで、調理台兼盛り付け用のテーブルと、食器や調味料を入れた金網張りの水屋と水ガメが主要な設備です。
カマドの背後は燃料置き場で、麦ワラが山積みされています。
カマドの焚口は燃料置き場側にあるので、火を焚きつけたら反対側に回って料理をします。
一見不便そうですが、大きな鍋を使用するので常に大きな火を燃やさねばならず、炒め物が多いのでしょっちゅう立ち上がって鍋の上で作業をしなくてはならない中国料理の場合、焚口の側に立ったら熱く、着物に火が燃え移る危険もあるため、合理的な形となっています。
ある民衆の昼食は、焼魚(醤油の煮つけ)、焼刀豆<シャオタオトウ>(ナタ豆の煮つけ)、刀豆焼肉<タオトウシャオオロウ>(ナタ豆と豚肉の煮つけ)、筍瓜炒大椒<シユングアチャオターチャオ>(ウリとピーマンの炒めもの)、葫子蛋湯<フーツタンタン>(ウリと溶き卵のスープ)、飯でした。
町の料理屋の淡白な揚州菜とはちがって、煮つけ料理は醤油の色濃く、しっかりと煮込んであります。
この家の台所に常置してある調味料は塩、醤油、酢、砂糖、味の素、ナタネ油です。
別の家では、塩蛋<イエンタン>(アヒルのタマゴの塩漬け)をゆでて切ったもの、キュウリのあえもの、豚肉とナタ豆の煮物、冬瓜のスープがある日の献立でした。
これらの家では料理の品数が多く、栄養的にも十分ですが、広い中国の中では地方差や社会階層による貧富の差が食卓に現れてもいるようです。

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