公共財団法人 味の素食の文化センター

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金 谷

  • 絵師:葛飾北斎
  • 落款:画狂人北斎画 新坂へ壱リ廿九丁
  • 時代:〔文化元年(1804)正月〕(「品 川」備考を参照)
  • 判・種類:小判 摺物 横
  • 版元:不明

解説

当図ではこの宿(しゅく)の名物「飴の餅」を製する二名の女性を描く。軒先に懸けた、上方の文字を隠した看板がこの食物の由来を暗示する。すなわち「(小夜(さよ))の中山 飴の餅」(括弧内は推測)と判読され、「小夜の中山」は、旧東海道の日坂(にっさか)峠から金谷に通じる坂道。ここで妊婦が賊に殺され、彼女の信仰する観世音が霊僧と化して胎児を助け、付近の女性に託して飴により養育。そしてこの子が成人後、仇賊を討する伝説。飴はやがて飴の餅となり、『改元紀行』にての名が見え、『膝栗毛』には「名におふあめのもちのめいぶつにて、しろきもちに水あめをくるみて」と製品の大体を示す。街道の名物で、『五海道細見独案内』東海道の部に「日坂嶺 さよの中山 名物あめのもち 茶屋女すゝめるなり」と載る。初摺品の狂歌もこの名物をふまえて「軒ちかく梅かかなやのあめのもち 鶯 はしをうこかす(「はし」は(はし)(はし)にかける)ナニ軒飛楽」と詠んでいる。

執筆者:鈴木重三

執筆年:平成9(1997)

管理No.:084

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