『和食』のユネスコ無形文化遺産登録への申請から可否決定までのスケジュール

2013年07月20日(土)

会場味の素研修センター 中講義室
主催公益財団法人 味の素食の文化センター

REPORT

公開講座「和食のユネスコ無形文化遺産化と農水省の食文化関連施策について」

 

食の文化ライブラリー公開講座の第35回として、「和食のユネスコ無形文化遺産化と農水省の食文化関連施策について」が、7月20日に開催された。これは、「和食」のユネスコ無形文化遺産化に向けて、味の素食の文化センター(以下、センター)が側面から行っている支援活動の一環。参加者は、定期的に開かれるこの公開講座を、日頃から聴講されている皆さんが中心で、当然ながら、食文化への関心の高い方々だ。

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講師は、農林水産省大臣官房政策課食ビジョン推進室の渕上武士さん。演題にそって、1.無形文化遺産について、2.「和食」の登録申請について、3.農林水産省の食文化施策について、の3セッションで構成された講演と、熱心な質疑が行われた。ここでは、特に登録の可否決定までのスケジュールに注目してまとめてみたい(これまでうかがってきた久保田室長の解説も加えて)。

 

「なぜ、『和食』を無形文化遺産に申請したのか。」「外国人旅行者を呼び込むため?」「違います」「日本食や国産食材を海外に売るため?」「違います」「対象は、皆さんです。」渕上さんの講演は、ずばり一般の方が漠然と抱くであろう「なぜ?」を否定し、無形文化遺産申請の核心を突いて始まった。つまり、この登録申請は、けっして外向きのものではなく、日本人自身に向けての取り組みだということ。

さらに、一般の方の理解しやすさに配慮し、パワーポイントで丁寧にたたみかけながら話は展開していく。まず、無形文化遺産についてのよくある勘違いが3つ――「無形文化遺産って、要は世界遺産のことでしょ?」「日本食文化は素晴らしいから、きっと無形文化遺産に登録されるよ!」「日本食が無形文化遺産になるんだよね?」を紹介し、そこを糸口に無形文化遺産とは何かに迫る。今年登録されたばかりの富士山(世界文化遺産)も引きながら、世界遺産との区別を対象物・登録基準などではっきりさせ、改めて「代表一覧表にのること」(無形文化遺産登録)は、「条約上、世界的な『文化の多様性尊重への貢献』という意味しかない」と語った(ユネスコ無形文化遺産の詳しい解説はギリークラブの公開講座を参照ください)。

ではなぜ、「和食」を申請したのか? との問いを投げかけ、第2セッションの「和食」の登録申請に話は進む。ここでは、申請に至った背景や申請された「和食」(料理ではなく、食文化を指す)の内容なども解説されたが、それは別報告に譲り(栄大講義12梅花女子大講義)、このレポートでメインテーマとするスケジュールをみていこう。

大きな流れは、図で示したようになる。

 

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2011年の7月から、有識者による検討会が立ち上げられている。そこに至る経緯として、最初に動いたのが、京都の料理人さんたちだった、と渕上さん。もともと、和食衰退の危機感をもって活動してきた京都の料理人さんたち(食育のため小学校での特別出張授業などを実践)が、2010年の「フランスの美食術」など3件の食分野における初のユネスコ無形文化遺産登録を受けて京都府に働きかけ、さらに京都府から日本政府へ、との動きだったという。そして、2011年7月から有識者による検討会が始まる。この間、3月11日に起こった東日本大震災が、食というものをもう一度考え直す契機にもなったと、3月のシンポジウムで熊倉先生はおっしゃっていたなあ(熊倉先生が検討会の座長)。一方、検討会での議論と並行して、無形文化遺産への勉強も重ねられたと(久保田室長のお話でも、勉強していく中でユネスコ無形文化遺産条約の趣旨を理解し、登録はけっして商業主義的なものではなく、日本人の食文化、アイデンティティを守るための活動と強調されていた)。

この検討会の議論で、申請の内容は会席(懐石)料理など特定の日本料理ではなく、自然を尊重する日本人の精神を体現した食に関する「社会的慣習」としてまとめられ、「和食;日本人の伝統的な食文化」が提案された。その申請書の提出が2012年3月。実はこの申請書の作成が、非常に大変だったようだ。そのこぼれ話は、3月のシンポジウムで熊倉先生も言及されたし、渕上さんも最後の質疑で受講者からの質問に答え、字数制限が厳しく、概要の表記は英語250単語、個別の料理屋食材の話、地域による多様性についてなどは入れられなかったと語った。その他、申請書にはもろもろ記入する項目があり(例えば、どのような保護措置がとられているか、とか)、農水省による翻訳(原文は英語)は同省HPで検索・閲覧できるとのこと。

 

そして、この申請書が、「和食」登録の成否を握る。なぜなら、審査はこの書類のみによって行われるから。

ここで渕上さんは、再度富士山を例に引く。今年5月と6月の2回、富士山の世界文化遺産登録でマスコミが賑わった。5月は、登録すべきとの勧告が出て、6月は正式決定で。これは、ユネスコ無形文化遺産のスケジュールも同じスタイルで、今年11月に「補助機関による事前評価結果の公表」が行われ(これが勧告)、12月初旬に「政府間委員会で登録の可否が決定」(正式決定)となる。

ここで出てくる「補助機関」というのは、政府間委員会の委員国のうち6カ国の有識者による評価機関だ。世界遺産の評価を行うイコモスは、第三者機関だが、無形文化遺産での補助機関は持ち回り、ちなみに、今回の6カ国はチェコ、スペイン、モロッコ、ナイジェリア、ペルーと日本。ただし、日本は自国の審査には入れない。また、評価機関を構成する有識者は、文化人類学者などが中心で、この方たちに理解してもらえる英語表現に苦労し、文案を食の専門家だけでなく文化人類学者にみてもらったと、久保田室長も言われた。

 

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また、イコモスは、世界遺産の審査のため、現地視察などの調査も行うが、無形文化遺産では申請書オンリー。これを読んで、純粋に登録基準に適合しているかが審査される。

その基準が、渕上さんが用意してくださった参考資料の「ユネスコ無形文化遺産保護条約代表一覧表への記載基準」の5項目(資料はダブルクリックすると拡大します)。

これに照らして事前審査され、出される勧告は3種類あるという。「記載」「不記載」、中間に、今回見送るが情報を加えて修正されれば来年度以降再度審査する、というもの。記載の勧告ならほぼ決まり、「情報を」も次の機会で脈有りだが、不記載となると向こう4年間、再申請ができないため、正式決定になる前に取り下げるのが一般的だそうだ(久保田室長談)。

そして、12月、アゼルバイジャンで開かれる第8回の政府間委員会で審議され、最終決定が出される。この政府間委員会は、ユネスコ無形文化遺産条約の締約国から選ばれた24カ国で構成される(任期は4年で、2年おきに半数が改選)。締約国は、スケジュール資料では2月現在で148カ国だったが、6月26日の公開講座時のお話では153カ国に(条約の意義を認め、締約国が増えているのは素晴らしいなあ)。

また、今回の申請では、食分野として日本の「和食」の他、韓国の「キムチ作りの文化」や「トルココーヒーの文化と伝統」「古代グルジアの伝統的な発酵ワイン造り」なども、挑戦している。

 

このように、12月に最終決定を迎えるが、「登録申請に通るか、通らないかは重要ではない」と久保田室長。「登録は、あくまで代表的な一覧表に載るか載らないか。日本の食文化の特徴は、通らなければ意味が無いというものではない。我々も活動してきて気づいたことだが、こんなに素晴らしい日本人のアイデンティティにつながるものは、なんとしても守らなければと」。

また、質疑でも、保護措置(記載基準の項目3)についての問いに答えて渕上さんは、食育(子どもだけでなく、生涯教育としても)、学校給食地域の祭りなどでの郷土料理とふれあう機会、失われつつあるものを記録し、また発掘・活用するなどの研究、最近の動きとして料理人さんが調理技術だけでなく食文化も学ぶ大学的な構想などを紹介された。

申請書に書かれた保護措置はもちろん、登録がかなえば、さらにこの食文化を守っていくための新たな取り組みも求められてくる。12月はけっして、ゴールではないんだ。

 

この日の質疑から、さらにいくつかをピックアップしてみよう。

「今、子どもは朝食を食べているといっても実態は主食+飲み物程度。自分たちが子どもの頃はもっと家事を手伝っていた。そのあたり、もっとできることがあるのでは」との意見に、「自分も手伝ってこなかった世代。ただ、国から生活を変えてくれとはいえない。今、例えば庄内浜文化伝道師協会が子どもたちに魚の捌き方を教えるなど、様々な取り組みもある(京都の料理人さんも、各地の食改さんも様々に)。『和食』の無形文化遺産化は、まず目を向けてもらうのも狙いの一つ」と渕上さん。

「今、核家族が多いこともあってか、食品の種類が少ないように思われる。学校給食を日本食にしては?」の問いに答えて。「子どもの頃に食べた味が染みつくので、給食は確かに大事と思う。しかし手間とお金がネックと言われる。補助金という考え方もあるが、必ずしもよくない面も。これは何十年来の課題。学校給食を使っての食育で、例えば一関市では地域の餅食文化を提供している。年1回ほどでイベント的ではあるが、そういう取り組みもある」。

「日本食離れというが、お米のご飯で手間がかかるからではないか。うどんや蕎麦など手軽なものを使うのが有効では?」に対しては、「最近、ワンプレートが増える傾向があり、一汁三菜スタイルが減っている。丼物も入るだろう。それを推進するかは難しい。ただ、食に関心のない人にアプローチするには、例えば「おかめ蕎麦」の名の由来(岡目八目から転じて、五目より具が多い八目)から入るとかもありか」と。

(この質問と答えには少し異議あり。食文化という視点からは、蕎麦やうどんは手打ちという歴史がある。手軽というのは、どういうことだろう。乾麺を茹でるのか、茹で麵や冷凍の利用なのか。むしろといで水加減し、浸漬の時間はいるが、炊いてすぐ食べられるご飯は、けっして手間な食品ではないと言いたい。)

センターの事務局長の飯田さん(当日の司会者)からは、食料自給率とも関わって、小麦のほとんどが輸入だということと、農水省の食堂では、そのあたりの数字が料理に記載されていてびっくり、という話も紹介された。

渕上さんは最後に2点、この活動を行っている任意団体「日本食文化のユネスコの無形文化遺産化推進協議会」(センターも会員)のことと、夏から秋にかけて全国9カ所で行われる予定のシンポジウム(スケジュールには未記載)のことを紹介して講義を終えられた。(了)