鰹節発祥の地、印南町を訪ねて その2

2013年08月21日(水)

REPORT

訪問2日目

 

 

 

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「現場見学と史跡めぐり、さらに体験して印南を知る」

 

さあ、今朝も早起き。潮気ふくんだ朝の空気を思いっきり吸いこんで、朝食の席に向かう。お世話になっているのは「今又旅館」さん。心づくしの料理でもてなしてくださる。前夜の夕食は、坂下さんも交えて話の花も咲き、おなかも心も大満足。ぐっすり眠って、朝食もおいしいぞ。

朝ご飯を食べたら、すぐに出発。一同(4名)はご近所にある(これが凄い!)「ダルマ醬油」さんに向かった。

 

◆総勢23名、醬油絞りを見学。かぐわしい香りにうっとり

 

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ダルマ醬油さんの店の前では、すでに何人もが待っている。え、こんなにたくさん? とびっくり。案内役の坂下さんほか文化協会の方や、印南町の学校給食関係の方を中心に集まっているとのこと。次の見学地、真妻のワサビ農家、平井さん父子もいらしている。実は皆さん、印南町にいても、地元の醬油を絞るところなど、実際に見たことがないのだという。そーか、やっぱりそんなもんか。ただし、ペコちゃん先生(坂下さん)は小学生を引率し、製造工程など、なんども見学されているそうだ。さすが!です。

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そして、23名のご一行は、お店の横から裏手にある工場へ。回りこんで、ちょっと足を踏み入れただけで、辺りには醬油のいい香りが漂っている。さらに進むと大きな仕込み樽から桶で醬油を汲み、絞り用の袋に移しかえているご当主、久保田英介さんが見えた。時は真夏、開け放した工場にはもちろんクーラーなんてない。頭にタオルを巻いて、汗だくの作業。皆さん、その手元を見つめたり、質問をしたり、写真を撮らせてもらったり。

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醬油は、通常寒い時期に仕込み(これは、酒の寒仕込みと同じだ)、気候変化の中でもろみが発酵・熟成する。絞りの作業は、製品の在庫状況をみながら、必要に応じて行うという。この日は、おそらくそれとは別に、坂下さんがお願いして様子をみせていただいたんじゃないか、せっかくの機会だからと。

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工場の奥には、大きな仕込み樽がデデンと並んでいる。許可をいただき、斜めにかかった板階段を登って樽の上部へ。もろみは熟成の違いで色も違う。これをあやしながら、時を待つんだろうな。そして、あの馥郁たる香りの醬油となる。みんな、一人ずつ登っては樽を覗いて感心する。ほんとうに、地元にいても知らないことがあるんだ。これは、外来者の私たちだけでなく、皆さんにとっても印南の食の一つを知るよい機会だったのだと実感。

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それにしても、この樽は立派だ。以前テレビで、別の産地の醬油製造者さんが、仕込み樽が壊れても直す職人さんがおらず、たがを針金で補強し、かろうじて持たせていると話していたっけ。

食の文化にはそれを支える道具があり、それを作り、修理する

IMG_0079.JPG職人の技が必要だ。容器をポリやステンに代えたら、おそらく発酵に関わる酵母も変化せざるをえず、できる醬油の風味も変わるのだろう。文化は変化させつつ守るという。だけど……そのせめぎ合

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いも感じたのだった。

 

見学を終え、一行はマイクロバスに乗り込んで印南駅へ。一番電車で宝塚を発ち、印南に到着される髙田郁先生を迎えるためだ。ごぞんじ髙田先生は、時代小説『みをつくし料理帖』の著者である。

 

◆印南の奥座敷で守られるワサビ田の見学。台風水害の爪痕も

 

印南駅で髙田先生と合流した一行は、平井さんの軽トラックに先導され、一路、山ふところを目指す。海に面している印南町だが、その海岸線の何倍も内陸深く広がっている。それゆえの海幸、山幸なのだ。向かう真妻は、その名を冠した高級品種、真妻ワサビの発祥の地という。朝の醬油同様、特産と知っていても、実際にワサビ田を見たことのある人は少ない。それにしてもワサビといい鰹節といい、一つの町にいくつも、しかも日本料理に欠かせない食品のルーツがあるとは。印南町おそるべし。

 

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車窓にあふれる緑、のどかな景色を見やりながら、マイクロバスは快適に進む。時に坂下さんの「あれがせきの地蔵さん」「こちらが歯の観音さん」「向こうがおつぼさん」の声がかかり、由来をさっと説明。聞き終える前に車はさらに進む。

そこに、的場先生が提案。参加している皆さんに、印南の食についていろいろ質問し、お話しを聞きながら行こうということに。質問は多岐にわたった。よく食べている食材、保存食、行事のご馳走、得意料理などなど。大きな構えの家が多いことから、この地の生業についても聞いてみた。稲作もあるが林業もあるようで、もしかしたら漁業だけでなく交易的なこともされたのかもしれないな。

山合いに入り、辺りに特徴的な囲いをした畑が見られるようになった。細い板で周りも上も囲っている。わずかな隙間から木の葉の濃い緑がのぞく。真妻の千両だという。山間地にも適した換金作物で、戦後に栽培が始まったようだ。

 

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前のトラックは細い山道をずっと登り、少し広がった場所で止まった。いよいよ真妻ワサビの地に着いたのだ。バスを降り、私たちも平井さん父子の後をついていく。登ってきた山道の脇は渓流だった。でも、車を出て眺める川は、およそ渓流の趣きはなく、よそよそしい。いや、がさつにすら見える。その理由を、川にせり出したワサビ田を見ながら、平井さん(息子さん)が説明してくれた。

3年前の台風の大水害。氾濫した水がワサビ田を押し流した、

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「本当はもっと広かったんですよ」と。丹精したワサビも流された。作付けから収穫まで年月を要する作物だ。痛手はどれほどだったのか。

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こんどは急な道を登って、別なワサビ田に案内される。こちらは傾斜地で段々式、伊豆などのワサビ田で見るスタイルに似ているな。しかし何段かが土砂に埋まっ

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てしまったと聞く。ここでは、実際に育てているワサビを採って見せてくれ、なんとその場ですってお味見まで(だるまワサビを)。さすがに香りも味もグッドです。

元の道に戻って少し行っ

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たところで息子さんは下の方を指さし、あそこにあったワサビ田は全滅です、とつぶやいた。(平井さんのところではもっとお話しを聞きましたが、意見交換会でのご発表で詳しく。その5へ

 

◆お昼は地元の名物「焼き鯖のかきまぜ」を堪能

 

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真妻のワサビ田を後にし、帰路につくかと思いきや、せっかくここまできたのだからと、もう少し足を延ばし川又の観音さんにも行くことに(午後まわる予定だった史跡ですが、地元の方もご一緒いただきお参りしました)。その昔は修験者が修行したと伝えられるだけあり深山幽谷の地で、マイナスイオンもたっぷり。残念ながら渇水期で、菱の滝は水量が少なかったが、多いときには流れが菱形となりそれが名の由来という。

帰りの道もQAコーナーは続く。

「だし」を主要テーマの一つにされている的場先生は、家で使うだしについてもつっこんで尋ねた。鰹節発祥の地だが、だしは種々、煮干しやじゃこもある。さらに、耳より情報。鯖節を自家で作っていたという。それはどんな作り方? 卸した身を茹で天日で干したと。どうも、節といってもそれほど堅いものではなかったらしい。

 

賑やかなバスは公民館に到着。なぜか帰り道は近く感じるなあ。ここで、お待ちかねの昼食タイ

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ム。岡本教育長さんもご一緒に、歓談しながらの楽しいひとときとなった。メニューは焼き鯖の混ぜご飯のお弁当。印南浦の伝統食で「焼き鯖のかきまぜ」が正式とか。ご飯にお酢を入れたり入れなかったり、家々で流儀があるという。素朴ながら滋味あふれ、食べる人を思っての作ってくださったぬくもりの味(このご飯、美味しくてお土産にもいただき、お宿で晩ご飯にも出していただきました)。そういえば、バスの中で聞いた得意料理にも入っていたなあ。やっぱり「焼き鯖のかきまぜ」はわが家の味なんだ。

ところで、焼き鯖といえば若狭も有名。こちらは京の都へ届ける保存の意味もあったようだし、姿のまま煮て豪快に盛り付ける焼き鯖そうめんはご馳走だ。このあたり、焼き鯖つながりはありや、なしや。

 

◆坂下さんの後を追いかけ印南の史跡をめぐる

 

坂下さんは、まことに健脚の持ち主だった。失礼ながら、昭和21年の南海地震の経験を話されたので(当時5歳と)それなりのお年のはず。でも、一行6名の中で一番元気、さっさっと足の運びも軽やかに歩かれる。

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印南の食文化を知るためには、印南の歴史も知らなければならない。この歴史(伝説も)がじつに深い。そして、食と切り離せない宗教、民俗信仰の宝庫なんです。いただいた「印南 ふるさとお詣りコース」というパンフを見ても、切目川沿いコースにお地蔵さんや観音さんなど25カ所、印南川沿いにはお寺さんも含め8カ所、さらに熊野詣での道に切目王子(神社)など4つの王子がある。

ということで午後は、お二人の先生、東京組3名が、坂下さんのご案内で印南の史跡をめぐることに。たとえば東光寺さん。700年以上の歴史をもつ古刹。熊野古道の中継地でもあり、小栗判官と照手姫が熊野に向かう道中、この寺で湯治をしたという伝説があると。これが「印南愛物語」の一つ(印定寺の与市オサナの悲恋も愛物語です)。なんとここにも、坂下さん制作の小栗判官照手姫の人形が奉納されていました。

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2千年の歴史をもつという瀧法寺は「おたきさん」と呼ばれる。熊野古道の要衝。こちらにも愛染瀧姫の良縁物語があって「印南愛物語」として親しまれているという。天災や火災にも耐えてきた夫婦杉は良縁・子宝のご加護があると。たしかに、パワーがありそう。

切目王子も趣深い。熊野九十九王子社の中でも格の高い五王子の一つ。草創は崇神天皇の時代ともいわれるそうで、歴史も半端ではない。1200年に後鳥羽上皇がここで歌会を開いたとき、歌がしたためられた紙は「切目懐紙」と呼ばれ、西本願寺に現存していると(国宝です)。

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ほかにも各所、案内くださいました。本当に印南は歴史と伝説(ロマン)の宝庫。また、熊野信仰が深くこの地に関わっていることも感じた次第。

最後に、港に近い場所にある印南の「かつお節発祥の地」の記念塔を見学に。小さいけれど公園になっていて気持ちいいなあ。海岸線の大きな道路沿いで目立つ場所、印南の歴史をここでもアピールしている。

 

◆公民館で祭りのご馳走「鯖鮨作り」を体験

 

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さてさて、再び公民館に戻って、郷土の味「鯖鮨」に挑戦。

これも、午前のマイクロバスで大いに話題になった料理だ。秋祭りの定番で、みんなが楽しみにするご馳走。巻くときに使う「アセ」は、笹の仲間かなども話しに出た。調べてみると、ダンチク(暖竹)が正式名でアセやヨシタケと呼ぶ。竹とあっても、実はイネ科の植物だった。車でまわった道にも、たんさん自生している。

公民館では、先生役の稲田和代さんが準備万端ととのえ、待っていてくださった。塩抜きの済んだ鯖、すし飯、薬味、アセも、今や遅しと。

まず、稲田さんが「模範演技」を披露。

押鮨用の木枠にアセを敷いて鯖を入れ、薬味のショウガを散らし、すし飯を詰めて押す。さらに枠から外しアセで器用に巻いていく。なんとか

IMG_0120.JPGやれそうかな。

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それぞれゴム手袋をしてスタンバイ。こんどは稲田さんの指示を受けながら実技を開始(坂下さんも、一緒に指導してくださった)。全員が、アーとか、エーとか言いながらも、それらしく仕上げられた。2回目に挑戦するとさらに上手くできるようになる。稲田さん、坂下さんからは、初めてなのに上手、さすが食文化をやっている方たちだとお褒めいただき、一同大感激。

アセで巻いた鮨は、さらに大きな木の箱(専用)に並べて入れ、蓋をして重しをかける。これで、一日以上おくと、美味しい鯖鮨が出来上がるとのこと。うーん、楽しみだなあ。

 

これで、2日目の公式日程は終了。宿への帰りがけ、ダルマ醬油さんにおじゃまし、自慢の再仕込み醬油を購入(後日、お刺身につけていただいたら、ごくウマでした)。(その3に続く)