鰹節発祥の地、印南町を訪ねて その5

2013年08月22日(木)

REPORT

訪問3日目

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「印南町の和食文化を考える・意見交換会

~和食のユネスコ無形文化遺産化活動について知る~」

〈3〉地元活動例発表(午後の部)

 

午前のプログラムを終え、昼食タイムに。皆さんでお弁当をいただく。これがお刺身付き。そこに、前日見学した真妻のワサビ農家の平井さんが、持参の本ワサビ(ダルマ)をその場でおろして添えてくださるという贅沢なサービスが。地元の方にとっても思いがけない「おもてなし」となった。岡本教育長さんの目の前でも、おろしたてを坂下さんがお箸でサービス、隣ですかさず的場先生が激写する。

(香り高く、気品ある辛味の中に甘味もあるわさび。お刺身だけでなく、ご飯にのせてもいいと教えられ試してみたら、これも抜群でした。それにしても午後の一番手は平井さん。ちゃんとお昼は食べられましたか?)

 

◆「真妻わさび発祥の地・栽培に取り組んで」:平井 健さん(わさび栽培者)

 

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食事が済み、午後の部がスタート。トップの平井健さん(息子さん)は、5ページもある資料とパワーポイントを準備して発表に臨まれた。並々ならぬ決意を感じる。発表は資料に沿い、順序立って進められた(少し長くなりますが、なるべく丁寧にお伝えします)。

第一に、ワサビ全般について。アブラナ科で日本原産(数少ない日本原産の野菜です!)。ワサビ栽培の発祥地は静岡県の安倍川上流、江戸時代、徳川幕府に献上され、その後伊豆・天城へ広まったと伝えられる。種類には、種子から育てる(実生)青茎系と分けつで苗を育てる赤茎系があり、静岡で古くから栽培されたダルマ(青茎)、印南町(旧真妻村)発祥の真妻(赤茎)が代表品種(以降パワポで写真や図も見せながら解説)。

ここで、明治22年に誕生し、昭和32年の合併で印南町となった旧真妻村の歴史もおさらい。発祥地の誇りを感じるなあ。

続いて説明された実生と真妻の特徴。栽培期間12~18カ月の実生に対し、真妻は18~24カ月以上と長い点がポイントか。生育が遅いぶん食味に優れ、真妻は最高級品種として取引されると。メリット・デメリットは裏表だ。真妻の大きなものは高額だと見学会でも聞いたっけ。ワサビの生育環境は、最適気温が12~15℃、水温は12~13℃で、高温では障害が発生するし、水も選ぶ。気難しい作物なんだなあ。また、収穫時期で食味に違いがあるそうだ。

 

次に「真妻わさびの歴史」へ話が進む。町史では、明治21年の十津川からの移入説とそれ以前からあったという在来説があるが、明治30年頃、旧真妻村村議が栽培を奨励したのが起源と平井さんのお祖父さんは述べているそうだ。全国に広がった背景に、昭和30年代の静岡のワサビ生産者による「真妻まいり」がある。昭和33年の狩野川台風で大打撃を受けた人たちが、36年に関西に研修に来た折、当地を視察、真妻の品質の良さに驚き、その後、苗の買い付けに通い、これを称して「真妻まいり」というわけ。その静岡でも、現在は栽培全体の3割程度に減少している。

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そして「過去から現在への取り組み」では、平井家の実践をたどる。始まりは明治20年代から30年で、120~130年の歴史をもつ。途中、昭和28年の大水害で被害を受けたが、最盛期は昭和30年代~40年代初頭。当時はこの地区でも14、5軒が手がけ1町歩のワサビ田があったと。現在は、平成16年頃から従来の渓流式に地沢式も取り入れワサビ田の改良工事を行い、バイオ技術の力も借りて真妻の良品保存も試行、一方、実生栽培も取り入れている。平成22年、ワサビ栽培をお父さんから受け継いだ平井さんは、加工用の茎葉の収穫を目的にビニールハウスでの畑ワサビ栽培を開始した。常に革新を忘れない姿勢がすごい!

しかし、平成22年9月、台風12号の大水害で、ワサビ田は約3分の2が擁壁を乗り越えて土砂に埋まったり、流失するなど甚大な被害を受ける。前日の見学で見せていただいたところだ。息子さんが継がれたのはこの年である。

「今後の取り組み」は、沢ワサビ、畑ワサビそれぞれに。10年前に導入し非常に高評価を得ている実生を経営の柱としつつ、発祥地として最高級の真妻生産を目指す。「第二の真妻」ならぬ新品種の開発も。畑ワサビは、産地を守るためにも普及に取り組む。葉・茎・ひげ根まですべて食べられるワサビだからこそ生かし切るよう、食のプロとも連携し、本物を使った加工品製造も目標とする。

 

最後に「まとめ」を。

今、真妻ワサビの発祥地でありながら、ワサビ栽培は存続の危機に瀕している。栽培適地の減少や高齢化の進行が大きな原因だが、ワサビは収穫までの期間が長く、一旦被害を受けると元に戻すまで相当の努力がいる点、被害を受けにくい方式に作り替えるには多大な費用がかかり、そのため取り組む農家が少ないのも一因と分析。

しかし、だからといって特産品を失うことは絶対避けねばならないと。

そして、3点の課題が掲げられた。第一に、沢ワサビは水害の被害を最小限にできるワサビ田の構造にし、根茎の安定生産を行う。常に先進地と交流し技術向上に努める。第二に、畑ワサビの普及を促し販路の確保を進める。郷土料理での需要はさらに見込める。第三に、一般ユーザー向けの商品はもちろん、加工業者や飲食店対象の一次加工も含め、ワサビの加工に取り組む。これは、ワサビという特産物をキーに6次産業化を進めることで地域の活性化につなげたいとの想いだ。

この課題を、今後5~10年で形にし、さらに次代の後継者、ワサビ作りに本気で取り組む人がたくさん生まれ、真妻の地域が将来発展すること。それが、これから先数十年この仕事に携わっていく最終目標と宣言し、平井さんの発表は終わった。

大きな拍手の中、司会する坂下さんも思わず涙で声が詰まってしまった。

 

◆「印南の伝統・秋祭の食について」:今井律子さん(印南鯖の鮨関連/民宿女将)

 

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続いて発表に立った今井さんは、我々がお世話になった宿・今又旅館の女将さんだ。印南生まれ印南育ちで、お祭りが大好き。印南の祭り(毎年10月2日開催)は小さいながらも活気がある。9月になると毎晩稽古、太鼓や笛の音がしてくるとじっとしていられない。祭りの起源は古く戦国時代からともいわれている。

秋祭のご馳走が鯖鮨。鯖鮨がいつ頃から作られるようになったかはわからないが、天明の飢饉の後カツオの通い漁ができなくなって近海のサバを獲るようになり、そのサバで鮨(ルーツはナレズシ)が作られ祭りのご馳走になったと考えられている。秋祭だから、お米も収穫期、9月~10月はサバも脂が乗り始める。まさに「出合いもの」というわけか。

サバは「生き腐れ」というように足が早いので、塩漬け、酢漬けで食べることが多い。ちなみに、紀州ではサバを使った柿の葉ずしもあるし、南の方ではサンマずしもよく作られる。

鯖鮨は家庭によって作り方に違いもある。基本は、塩をしたサバの塩を抜き、すし飯と一緒に押し、アセで巻いてさらに押す(作り方は実習体験済みなのでよくわかった)。同じように作っても、サバは1尾1尾塩の吸い込みも違い、塩出しの日の陽気にも左右される(このあたりは微妙で難しそう)。ご近所でもらってもみんな味が違うのだと。とすると、やっぱりわが家の味が一番かな。

祭りの日のテーブルには、鯖鮨、甘酒、地元製のナンバ焼きとごぼう巻き(ともに水産練り製品)、青ミカンと栗が並んだ。今は甘酒はあまり作られなくなった。

かつて、お祖父さんから鯖鮨作りの手ほどきを受けたという今井さん。親類にも送るよう200本300本と朝から1日がかり、子どもも手伝って家族で一生懸命作った。すし飯を棒状にしたり、サバの皮をむくのがお得意で、楽しかった時間が思い出として残っていると(これって食の原体験ですね)。今、各家庭で作らなくなってきているので、学校行事でも取り組んでほしい。体験してみることが大事なので。

自分は祖父や母から昔のことなどいろいろな話を聞いた。子どもたちが印南を好きになるように、お祭りや身近な話を家族に伝える、語り継ぐことが必要ではないか。そして子どもたちに、祭りの料理を含めて、記憶に残る、体に染みこむような本物の味を知ってほしい。

(余談で、かつてお母さんの頃は、近所で生のカツオを買い、隣町へ持っていって生節の硬めくらいの節に加工してもらっていたという話も飛び出しました。これは、はたして鰹節なのか?)

 

◆「学校給食における和食の取り組み」:松本千栄子さん(学校給食/栄養士)

 

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子どもたちへの継承の話が出たところで、地元発表の最後となる、印南小学校栄養職員の松本さんが登場。プリントとパワポ付きでお話が始まった。

印南町には小学校・中学校が各4校あり、週4日が米飯給食。管理栄養士が統一献立を作成、自校調理のよさを生かして、地産地消の給食を目指している。米も町内産、地元農家や生産者、JAなどの協力にも支えられていると。基本を「和食」に、だしもしっかり取る。さすが、鰹節発祥の町、印南だなあ。

ユニークだと思ったのが、保護者と一緒に行うエプロン補修の話。ざっくばらんに話し合いながら、様々なヒントを拾い出す。お母さん目線のメニューもいろいろ教えてもらい、献立にうまく取り入れるとのこと。例に出た「オクラのチーズ和え」ってどんな料理なんだろう? 一般に、子どもたちは煮物や和え物が苦手と言っていたから、苦手克服作戦かも。

給食は、大切な教育の機会。子どもたちに献立の意味を伝えたいと語る。そこで実践されているのが「献立一口メモ」。例えば「モロヘイヤについて知ろう」。実物も見せながら、エジプト原産で「王様のスープ」と呼ばれたくらい栄養があることなどを紹介する。子どもは初めての物は警戒してなかなか食べようとしない。事前に素材を知ることでハードルを低くし、子どもたちの味の世界を広げているわけか。

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毎月19日は「食育の日」。例えば9月は敬老の日にちなんで「ま(豆)ご(ゴマ)は(わかめ→海藻)や(野菜)さ(魚)し(椎茸→きのこ)い(イモ)」献立とか。他の月でも、旬の野菜、地域の食べ物を知ろう、というテーマでやると、限定はしていないのに自然に和食献立になると。これも嬉しい話。

行事食の取り組みも紹介。1月は雑煮・ちらしずし、2月は焼きイワシ(これは節分の厄除けか?)、3月は赤飯・鰤の照り焼き・紅白なます、11月は焼き鯖入り混ぜご飯などなど。「郷土食を知る」ことも最近の目標だ。焼き鯖の混ぜご飯は、自宅でほとんど作らなかったり、食べたことのない子も多いため、坂下先生に教えを請いきちんとしたものを伝えたいと実践。また、赤飯は子どもに人気がないが(これは意外)、いわれがあってお祝いの日に食べる風習があることを知らせるため、毎年実施していると。「行事食や郷土食など手間がかかるものも、調理員さんたちが子どもたちを思いはりきってやってくれる」とねぎらいの言葉も忘れない。

昨年実施したアンケートでの子どもたちの人気メニューは、主食:シュガートースト・きなこパン・キムチチャーハン、主菜:唐揚げ・鮭のレモン煮・ハンバーグ、副菜:ポテトサラダ・マカロニサラダ・ツナサラダ、汁物:キムチチゲ・みそ汁・豚汁、との結果。うーん、前途多難だなあ。

この結果に、より日本の食文化を伝えたいと決意されたようで、「地域の食文化を伝えることは学校給食の大きな役割と思っている」と話を締めくくられた。(その6へ続く)