里山里海をゆき、能登町の食文化を考える その4

2013年10月01日(火)

会場能登町商工会館
主催公益財団法人 味の素食の文化センター
共催能登町商工会

REPORT

訪問4日目

 

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「能登町の食文化を考える意見交換会

~和食のユネスコ無形文化遺産化活動について知る~」

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〈1〉開会と講演1

 

能登町を訪れて4日目、意見交換会当日を迎えた。ここまで3日にわたって、能登町の食の現場をさまざま訪ね、歴史的なものも含めたくさんの学びをさせていただいた。地域の方々のお話を聞き、交流し、そして能登の風景、時間のなかに身を置いた。先生方も感じるところ大だったとお見受けする。それがどう醸成され、きょう一日に結実していくのか。大いなる化学反応の予感と期待をもって、会場の商工会館へと向かった。

 

◆食の盛り上がりが活性化にもつながる――ふくらむ意見交換への期待

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9時の定刻通り、司会役の能登町商工会の大黒美憲さんが開会を宣言。

最初に食の文化センター鈴木郁男専務理事が登場する。パンフレットを示し、財団は味の素社によって設立されたが、それ以前、三十数年前から食の文化活動を始め、ライブラリー、食の文化フォーラム・シンポジウム、雑誌の出版など手がけていることを紹介。「昨年3月のユネスコ無形文化遺産への『和食』登録申請を受け、財団もそれを応援すべく今回の意見交換会もその一環で、地域の食文化に光を当て、伝統的な食文化の保護・継承活動の助けになれば」と会の主旨を説明し、「駆け足だが能登町と周辺を回り、たいへん食文化が豊かな地域との想いを強くした」と語り、最後に能登町と商工会へのお礼を述べ、主催者挨拶とされた。

 

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次いで、能登町長の持木一茂さんから歓迎の挨拶をいただく。財団、商工会、参加の企業・団体の皆さんへの感謝を述べられた後、「『能登』は里山里海の食に恵まれた地域で、能登町にもたくさん特産品がある。素材だけでなく長期保存の知恵が今も受け継がれ、加工技術は『能登の里山里海』として世界農業遺産にも認定された。先人の技術に工夫を重ねて現在の食が生まれている。食を研究・専業とする方々が一堂に会し意見交換されることで、ますます能登町の食が盛り上がることを期待し、それが必ずや町の活性化にもつながるだろう」と述べられた。

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続いて挨拶に立たれたのは、商工会副会長の福池正人さん。「能登の食文化再発見事業推進委員会」として昨年、味の素食の文化センターを訪問したことにふれ、「食文化に関する本がたくさんある。品川駅から近く、皆さんにも一度行ってほしい」とライブラリーを紹介。「(商工会は)地域にある食、生産物をなんとか事業化したいと頑張っている。町の発展に結びつくようなことを考えてもらえたら。忌憚なく意見を出し合って素晴らしい会になるように」とエールを送った。

 

◆「和食のユネスコ無形文化遺産化について~食文化とは~」:

熊倉功夫先生(静岡文化芸術大学学長)

 

一番目の講演を担当されるのは熊倉先生だ。

静岡文化芸術大学学長で国立民族学博物館名誉教授、ご専門は日本文化史・茶道史。農水省「日本食文化の世界無形遺産登録に向けた検討会」、次いで「日本食文化のユネスコ無形文化遺産化推進協議会」、現在名称改変され「『和食』文化の保護・継承国民会議(略称:和食会議)」の会長を務められていることなど、食の文化センター飯田祐史事務局長からプロフィールを紹介。つまり、この意見交換会のサブテーマ「和食のユネスコ無形文化遺産化活動について知る」ために、最もふさわしい講師ともいえるわけだ。

 

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熊倉先生は、50年ほど前、学生時代に訪れた時の思い出から語り、久しぶりに能登に来て、つくづく都会の人間の方が貧しい生活で、こちらは豊かと感じた。しかしその日本のよさがいま急速に失われていき、特に食が危機にある。それがユネスコ登録の大きなポイントと。

まずは、その経緯から説明された。

ユネスコとは、教育・科学・文化の3つを世界的視点から保護・育成する機関。人類がつくった素晴らしい文化が、そのまま放置して崩れ去ってしまわないように、リストに載せたものを世界的レベルで守っていこうというのがユネスコの保護条約で、文化遺産・自然遺産などあるが、無形文化遺産は比較的後からできた(2003年採択、2006年発効の条約)。日本ではすでに21件が登録されているが、そのうちの一つ「あえのこと」は能登町のもの。そういう先輩の場所でお話しできるのは感激と。

無形文化遺産は、主として芸能(日本では能、歌舞伎、人形浄瑠璃など)・年中行事に伴う民俗(あえのこと、奈良の題目立などを例に)が対象だったが、3年前に新しい分野が登録された。初めて「食」が文化の対象となったのだ。

(日本では「食」が文化として認められておらず、それは衣食住の中で衣と住の分野には人間国宝や文化勲章受章者がいるのに、食には一切ない。文化と認め、しかるべき措置が食においても大事。そもそも「食文化」の語も35年ほど前に文化人類学者の石毛直道先生が言い出すまでなかったことなどにも言及された。)

 

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さて2010年、食分野でユネスコ無形文化遺産に登録されたのは3件、フランスの美食術、地中海料理、メキシコの伝統料理だった。一歩先に韓国が宮廷料理で名乗りをあげ、日本も負けじと2011年7月に農水省が無形文化遺産登録を目指す検討会を立ち上げ、専門家を集めて議論を始めた。そこでわかってきたのが、登録されたものに2つのタイプがあること。

1つはフランス型。国民全体を担い手とするもの(ガストロノミーが美食術と訳されているが、「美味しく食べる習慣」。いわゆるフランス料理、郷土食、日常食まで全部含めてフランスのガストロノミー)。

もう1つがメキシコ型。特定の地域で太古から続いている特殊な伝統的食文化(対象になったのは小さなエリアで7000年前から伝わるというトウガラシと豆を使う料理。一般的なメキシコ料理ではない。地中海料理も、申請したギリシャ・イタリア・スペイン・モロッコのそれぞれ小さな地域で作られるオリーブ油の料理で、メキシコと同型)。

日本でも、近江のフナズシとか八丈島のクサヤのように、特定地域のメキシコ型で申請すれば通りやすいかもしれないが、どうせやるなら日本人全体がよかったと思えるように、「日本料理」で出そうと話がまとまった。ユネスコ事務局長を務められた松浦晃一郎氏に相談して反対されたが、あえて困難な道を行こうと。国民全体が担い手である日本人の社会慣習、それをもって互いの絆にしているような、そういう食文化を登録しよう、との方針を立てた(東日本大震災後の強い想いも感じるなあ)。

 

11月、韓国の宮廷料理落選の報が届く。一部の上流階級の食文化だったことが要因と分析し、当初の「日本料理」(会席・懐石料理などがイメージされた)から、日本人がふだん食べている食事を正面に据えるよう、方向転換が求められた。

さらに大事なこととしてわかったのが、申請において商業主義的なことが一切表に出てはいけないこと。日本料理がいま世界でブームだが、登録により何かを売り込もうという考えなどもってのほかと。その点でも、日本料理屋のためと誤解を招く懸念のある「日本料理」は変更を迫られた。

考えた末出てきたのが「和食」。料理というより、我々がふだん食べている食事の意味になる。そして、昨年3月、「和食;日本人の伝統的な食文化」と題してユネスコへの申請を行った(申請された「和食」の特徴については、他団体の活動「もっと知りたいユネスコ無形文化遺産化のこと」に詳しいです)。

 

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「和食」とは何か。一言でいうならば「我々がふだん食べている家庭のごはん」ということ。

基本はご飯(麺類や餅もあるが)と汁。味噌汁に具がたくさん入っているのが本来の汁でそれ自体が「お菜(おかず)」。日本人は味噌汁を飲みながらご飯を食べる。これは日本人独特の食べ方として、400年前、日本に来たポルトガル人が書いた本(『日本教会史』)やドイツでの体験を話された(日本料理店での味噌汁のスープ扱い)。そして、菜(おかずはいくつでも。ご飯を美味しく食べられればハンバーグでもトンカツでもいい)と漬物。

「和食」とは、「ご飯、味噌汁、お菜、漬物」の4つが献立の構造を成している。これが大事なポイント、と強調された。

 

次に、「和食」を制約(規定)するものについて。

まず「箸で食べる」こと。箸でちぎれる柔らかさ、あるいは箸でつまめる大きさにあらかじめ切ってあることが必要である。

ここでもエピソードを紹介。和食会議を立ち上げた時、韓国人の学生(京大)から質問が出た、「和食と韓国料理とどう違うのか。我々も箸とお菜と汁で食べている」と。やはり違いはある。一番大きな点は、「韓国は金属の器、金属の箸を使うこと」。日本では、金属の器や箸は用いない。それはなぜか。金属の器に熱いものを入れたら持てない。韓国の食文化では器を手に持つのは不作法で、下に置いてすくって食べる(そのために匙もセットになっている)。逆に日本では、茶碗を下に置いてご飯を食べたら叱られる。

「器を手に持つ」ことも、日本の文化の大事なところ。

熱いうどんの丼でも手に持てるのは、器に高台があることと、焼き物や漆器だからだ。

「器に直接、唇をつけて食べること」も、世界になかなかない。

アメリカ人留学生が熱い味噌汁をガブッと飲んで吹き出した話を披露、日本人は子どもの頃から熱いものを直接器から飲む訓練ができており、自然と熱い汁と空気を唇のところで混ぜて温度を下げ、それがズルズル吸う音になると解説された(あまり意識したことはないが、そうなのかと感心しきり)。だから、日本人は食事中の音に対して寛容なのだと。

さらに、「唇が直接つく食器・食具が個人所有である」こと。これも外国にないと。

湯飲み・箸・飯茶碗・汁椀は、だいたい自分のもので、家族が全部共有という家はあまりないでしょうと会場に質問。共有という人は一人もおらず、「ここはとても伝統的。都会で聞くと1割くらいは手を挙げる。この頃家族共有が増えている」。

個人所有にも理由がある。日本人は唇が触れるものについて昔から個人のテリトリーが明確で、それを侵すと他人ではなくなる、それが盃のやりとりで典型が三三九度だと。

 

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このように、日本人の食べ方の中に、「和食」の大事な要素があるが、申請書類にはここまでは書けず、また書いても外国人には伝わらないだろう。

しかし、じつは日本の国内でも、和食の食べ方がわからなくなってしまっている。

「ご飯と味噌汁と、お菜と漬物」で構成することがわかっていない。学校給食を例に、牛乳1本飲んだら味噌汁は省かれてしまう、ご飯と焼き魚と牛乳なんていう和食はないと。

和食というものの形を伝えていかねばならず、味、調理法もそうだが、食べ方も重要。つまり、ユネスコの無形文化遺産化は、海外向けの問題ではない。一番肝心なのは、日本人自身が「和食」というものを忘れかけていること。特に都会ではほとんどなくなりかけている(岩村暢子さんの都会の食卓レポートを引いて、かつての孤食(個食)から、家族が全然別な物を別な時間に別な場所で食べるバラバラ食いが現実と指摘)。

そういう中で、我々は「和食」というもの――健康で、美味しくて、地元で作られ、また自分たちが作った物を食べるという文化のよさを、再認識する必要がある。皆さんのように地域でやっておられる方に、そういう習慣を忘れかけている全日本に、大いに声を上げていただきたい。

 

そのためのきっかけが、ユネスコ無形文化遺産への登録。世界に認められることで、「和食」文化を見直し、日本人自身が誇りをもち守っていく、次の世代につないでいく、そういう覚悟をもつこと。

これは「覚悟」だと思う。熊倉先生はきっぱりと言われた。

 

毎食は無理でも、一日一回はご飯と味噌汁を食べる。一週間に何日かは家族で食卓を囲む、この運動がそのきっかけになれば素晴らしいと。

最後に再び、「和食は家で作り家族で食べる料理。特別なものではない」と語り、その形を家族だけでなく、地域のグループでも守っていかなければならない。家族と地域、そのつながりの中で和食というものをもう一度見直したい。今日の意見交換会がもたれることは、たいへん幸せと述べて話を締めくくられた。(その5に続く)