『vesta』文献紹介

林 采成著

飲食朝鮮―帝国の中の「食」経済史

神田外語大学アジア言語学科教授 林 史樹
vesta 115号掲載

本書は、食に焦点をあて、日本統治下におかれた朝鮮のフードシステムがどのように形成されたのかを探ったものである。韓国出身の筆者はとくに戦時の経済史や農業経済史を専門とし、米のほか、畜産、酒造、果物や海産物などを分析対象としている。著者を食の経済史に駆り立てるのは、母国への関心・疑問であろう。否応なしに帝国主義に巻き込まれていった韓国(朝鮮)を、感情論と距離をおいた場所から俯瞰しており、フードシステムの分析を通じて韓国の経済構造の生成過程を明らかにしようとした力作である。
本書は序章と終章をのぞいて、「在来から輸出へ」と題した第一部、「滋養と新味の交流」と題した第二部、「飲酒と喫煙」と題した第三部に分かれている。第一部では朝鮮米、朝鮮牛、高麗人蔘(紅蔘)といった植民地経済に影響力の大きな食を扱い、第二部では牛乳・乳製品、リンゴ、明太子などから食の交流・交錯を考察している。第三部では焼酎、ビール、煙草など嗜好品、専売品に焦点をあてる。
日本統治下をめぐる韓国内の言説でもっとも優勢なのは植民地収奪論で、日本は朝鮮を根刮ぎ搾取したというものである。その対置として植民地近代化論があるが、著者はその両者に絡み取られない道を探ろうとする。詳細なデータ分析に基づいて論を組み立てているため、言葉には説得力がある。
秀逸の書にあえて注文を付けるなら、カテゴリの組み方とバランスに違和感を覚えたことくらいか。個々の着眼点は面白く、豊富な知見で執筆されている。しかし、優れた論文を一冊にまとめた印象があり、全体としての統一感がやや欠けた。専売である酒や煙草を扱う第三部に紅蔘も移すとよりまとまりがでるし、果物の移入はリンゴにとどまらず、品種も膨大である。また緻密なデータ分析と裏腹に、当時の朝鮮の人々がどのように食を受容していったのか、その息吹が感じにくかったことも少し残念に思えた。統治時代、これまで経験したことがない人々の往来の中で、人々はどのように生きたのか、現代につながる食という切り口だからこそ、現代を生きる我々にも多くのヒントがあるはずだ。
とはいいながら、綿密なデータを用いた著者の作業には頭が上がらない。データ分析に忠実にあろうとする姿勢は多くの研究者に支持されるだろうし、食文化研究者、経済史研究者、植民地研究者をはじめ、今後の多くの研究者に示唆を与える必須の一冊であることに違いない。今後、さらに様々な食についての著者の成果が読みたくなった。