生業社会の食文化(6)梅崎昌裕

イモムシ煎り煮

ごちそうとしてのイモムシ
 
自分たちが生まれ育った地域の食べ物や飲み物は、それを自分があまり好きでなかったとしても、よその人にまずいと言われれば不快なものだ。ましてや自分たちが子供の頃からごちそうだと思ってきた食べ物を、よその人にまずいとか、ましてや気持ち悪いとかいわれると、それは大変悲しいことにちがいない。だから私たちは、自分が生まれ育ったのとは異なる食文化をもつ地域にでかけたときは、その地域の食べ物について自分が評価する能力がないことを自覚し、気軽にまずいとか気持ち悪いなどといわないものである。
 
ところが、パプアニューギニア農村部など生業社会の食べ物となると、それがその地域でどのように位置づけられているかについての想像力が及ばないことがおおいように思う。イモムシなど昆虫類は、私たちがふだんの食生活でなじみのないこともあり、気持ち悪いと感じてしまうのはある程度しかたない。
 
農耕を主たる生業とするほとんどの社会では、動物の肉は日常的に食べるものではない。したがって、日常的なタンパク源として、昆虫が食生活の重要な要素になっている社会がおおい(日本も例外ではない。ヴェスタ79号特集参照)。なかでもイモムシは、動きが少なく、必ず餌のある場所にいて採集が容易なので、パプアニューギニアをはじめおおくの社会でごちそうとみなされている。
 
 
 
サゴ甲虫のイモムシ
 
パプアニューギニアのイモムシで一番有名なのは、サゴ甲虫のイモムシだろう。名前の通り、サゴ椰子の幹で育つイモムシである。親指くらいのおおきさで、ぷっくりと太っている。腐葉土を餌にする日本のカブトムシの幼虫と違って、サゴ甲虫の幼虫の餌はサゴ椰子の髄にある澱粉である。サゴ甲虫のイモムシは、バナナの葉っぱに包んだものをたき火にくべて蒸し焼きにしたり、鍋で茹でて食べる。オーストラリア人が編集したパプアニューギニア料理のレシピ集でも、サゴ甲虫のイモムシは、一〇分ほど蒸してピーナツソースをかけて食べると「濃厚でこくのある」料理になると紹介されている。
 
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調理されたサゴ甲虫のイモムシ。南高地州ボサビ地域で小谷真吾氏が撮影
 
人々は、時としてサゴ甲虫のイモムシを採集するためだけに、サゴ椰子を切り倒すことがある。切り倒したサゴ椰子のかたい樹皮をはがして、サゴ甲虫が卵を産み付けやすい状況をつくって放置する。そのサゴ椰子に育ったイモムシを採集する権利をもつのは、サゴ椰子を切り倒した人である。しばらく時間がたつと、たくさんのサゴ甲虫のイモムシがとれるようになる。これは、人間が環境に働きかけて、自分の必要な動物を育てる行動であり、野生動植物を対象とした狩猟採集と、農耕・家畜飼養との中間にある生業だといえる。
 
 
 
旬の黒オレンジイモムシ
 
ほとんどの村は尾根筋につくられているので、村から村へ移動するためには、斜面をおりて谷を渡り、再びまた斜面を登らなくてはならない。南向きの斜面には、たくさんの焼畑がつくられており、その隙間をうめるように焼畑を放棄した跡にできる二次林がみられる。熱帯の一次林は樹冠が閉じていており地面まで日光が届かないため、地表部分の植物相・動物相は貧弱である。対照的に、焼畑を放棄してできる二次林は、適度に植生が撹乱され、太陽光が地表を照らしているので、さまざまな植物が育ち、それを餌にする小動物や昆虫もおおい。イモムシがたくさんいるのはそのような環境である。
 
僕の家があったチェルプメル村から、他の村にでかけて、そこの家系図をつくるために二週間ほど滞在したことがあった。その村への道すがら、一本の木にイモムシが大発生しているのをみつけた。そのイモムシは、ちょうど人差し指くらいのおおきさで、黒とオレンジ色のまだら模様であった。それが木の幹や葉っぱの上にびっしりとついている。気持ち悪いのでそこを立ち去ろうとしたら、あろうことが一緒にいた村の男が、これはうまいのだという。魚と一緒で、あまりに鮮やかな色のイモムシはおいしそうにみえない。
 
あとでわかったことでは、この黒とオレンジのイモムシは、毎年九月頃に、その村の周辺で大発生するもので、僕はちょうどその旬に居合わせたのだった。たとえるならば、秋に脂ののったサンマがたくさん獲れはじめると、サンマ好きの僕が毎日それを食べるように、村では毎日、誰もが、黒とオレンジのイモムシをたくさんつかまえてきて、楽しそうに食べていた。皆から、君はいい時にきたねと言われた。
 
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調査日記より。ビナタンはパプアニューギニアの言葉でイモムシの意味
 
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結婚式のごちそう。緑の葉っぱで包まれているのがサゴ団子。その上にカンガルーなどの燻製肉がおいてある。近年はサバの缶詰も加わった。
 
 
黒とオレンジのイモムシの一般的な調理法は、まず水で煮た後、そのまま水分がとぶまで煎りあげる方法である。そうするとあざやかなオレンジ色は消えて、ごつごつした細いカリントウのようになる。口に入れると、やわらかいするめのような歯触りで、確かに味は悪くない。そのままスナック菓子のようにも食べてもいいし、サゴダンゴ(ヴェスタ87号参照)のおかずにもなる。
 
もうひとつの調理法は、サゴダンゴに黒とオレンジのイモムシをまぜこむ方法である。サゴ澱粉とイモムシを土器の中でまぜて、そこにお湯をそそいでダンゴにする。半透明のサゴダンゴに黒いイモムシがポツポツと入っていて、ちょうど豆大福のようにみえる。これも味は悪くないけれども、サゴダンゴのどこを食べてもイモムシが入っているので、正直なところちょっと気持ち悪い。
 
そうして、その村に滞在した二週間、僕は毎日、黒とオレンジのイモムシの接待をうけた。「うまいだろ?」「うまいだろ?」と何度もきかれては、もういらないとも言えず、黒とオレンジのイモムシの栄養が僕のからだの一部になることを想像しながら、日々をすごしたのを覚えている。
 
 
 
切ない巨大イモムシ
 
イモムシには、切ない記憶もある。調査をおえてチェルプメル村を離れるとき、世話になった村の人たちは何かとごちそうを食べさせてくれた。ごちそうするかわりに僕がもっていたランプやナイフなどをもらおうという魂胆もすこしはあったかもしれないが、大部分の気持ちとしては、しばらく村にいた若いやつとの別れを惜しんでくれたのだとおもう。そのとき食べたものでよく覚えているのは、ツカツクリの卵(ツカツクリは腐葉土の塚をつくりその中に卵を産む。卵は腐葉土が発酵する熱でふ化する。味が濃くておいしい)や、ウナギ(輪切りにして水煮にするので、大変脂っぽい。村の人はその脂っぽさがいいというが)、そしてサゴ甲虫のイモムシなどである。どれも村から離れた場所で探さないと手に入らないごちそうで、幸せな気持ちで食べたものである。
 
そして、僕がいちばん世話になった少年がとってきてくれたごちそうが、巨大なイモムシだった。大きさがフランクフルトほどもあり、サゴ甲虫のイモムシが芝エビの大きさだとすれば、そのイモムシは正月の車エビサイズである。それが何の幼虫だったかはわからない。
 
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少年がとってきてくれた巨大イモムシ
 
 
巨大イモムシはバケツいっぱいにうごめいていた。少年はたいそう得意げな顔をしていた。その場にいた村の人たちも、「たくさんとれたね」「これはごちそうだ」などと口々にいう。少年はイモムシを水と一緒に大きな鍋に入れて煮始めた。すると次第にイモムシの脂とエキスが水に溶け出し、煮えあがる頃にはスープがオレンジ色になった。表面にはあつく脂がういている。巨大なイモムシは原型のままである。
 
僕はそれまでは、村の食べ物は何でも食べていたが、巨大イモムシのスープは、結局のところ食べられなかった。スープはインドカレーを想像させる色合いで、イモムシも立派なエビのむき身のようにみえたので、食べてみたいという気持ちは十分にあったのだけど、バケツのなかでたくさんのイモムシがうごめく姿が頭を離れず、どうしても食べられなかった。問題は、それが村の人々とってごちそうであり、少年が僕を喜ばせようと思って獲ってきてくれたことであった。しかたがないので、僕は食べられないことを謝った。そのときの少年の残念そうな顔を思い出す。
 
 
 
イモムシを食べたから何だ
 
世の中には、自称フィールドワーカーがあふれている。書斎や研究室を離れて情報を収集する行為がフィールドワークであり、フィールドワークをする人をフィールドワーカーと呼ぶのであれば、「私はフィールドワーカーである」と誰が自称しようと、それはそれでいいのだとおもう。ただ、僕が気にいらないのは、たとえば、「ゲテモノを食べ、泥水をすすり、命がけで私はフィールドワークをやりとげた」などと声高に語る人たちである。
 
食べ物は、それぞれの食文化によって修飾されているので、よその食文化のごちそうが、自分の食文化では受け入れられないのは、仕方がない部分もある。その地域では十分にきれいだと考えられている飲み水が、先進国からきた人には泥水にみえることもあるだろう。ただ、自分の育った文化的価値では受け入れにくいからといって、よその食文化ではごちそうのイモムシをゲテモノと分類して、それを食べたことを自慢するのは、フィールドワークのあり方としてはイーミックな視点を欠くとおもうし、想像力が足りないのではないか。黒とオレンジのイモムシを毎日だしてくれた村の人や、バケツ一杯の大きなイモムシを集めてくれた少年の顔を思いだしながらそんなことを考えてしまった。
 
偉大なフィールドワークの先人は「調査で大切なのは、相手のことを尊敬することである」と言ったという。私たちもそうありたいものである。
 
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腐葉土の塚からツマツクリの卵を掘りだした。