生業社会の食文化(1)梅崎昌裕

パプアニューギニア高地のサツマイモ食

 
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鳥の羽で飾り付けたカツラをかぶるフリの男。
 
 
タリ盆地
 
私が調査をしてきたのは、パプアニューギニア高地のタリ盆地というところである。盆地の底の部分は標高一六〇〇メートル、まわりには三〇〇〇メートル級の火山が屹立している。朝は気持ちのよい澄んだ青空がひろがることもおおく、朝日をうける山々が美しい。盆地にはフリと呼ばれる言語をはなす人々がくらしている。フリの男たちは、時として、黄色と赤をベースとした化粧をし、頭には家族の髪の毛を集めてつくった立派なかつらをかぶる。おそらくその派手さが、テレビ番組に向くのだろう、いろいろな国の撮影クルーに会うこともおおい。
 
火山の爆発とコロンブス
 
いまから、およそ四〇〇年前、タリ盆地の人々は、コロカシア属のタロイモを主食にしていたと考えられている。タロイモは川沿いや湿地など土壌水分の多い場所で栽培され、家の周りの畑にはバナナ、サトウキビ、そしていくつかの在来の野菜が植えられたことだろう。
 
しかしながら、パプアニューギニアの沿岸部などに比較すると、タリ盆地におけるコロカシア属のタロイモ、バナナ、サトウキビなどの生産性は高くはなかったはずだ。熱帯高地は私たちが思うより寒い世界であり、朝の気温は氷点下にまでさがることもある。人々は、いわゆる焼畑農耕の要領で作物を栽培し、時にはオポッサム(クスクス)や野ブタなどの野生動物、小鳥を捕らえてほそぼそと暮らしていたに違いない。
 
三〇〇年前には、タリ盆地から東に四五〇キロメートルはなれたところにある火山島が大爆発をおこした。火山灰は高地を中心として、パプアニューギニア全域にふりそそいだ。タリ盆地に昔から伝わる話によれば、彼らの先祖が暮らしていたある日、突然、昼が夜になり、その夜はなかなか終わらないという出来事(フリ語でビンギと呼ばれる)があった。おおくの研究者は、この言い伝えは火山灰が空を覆ったことで太陽光線が遮られたことに符合すると考えているが、タリ盆地の人々の解釈では、ビンギは古い世界から新しい世界への転換であり、それをきっかけに、タロイモと木の皮を食べ、どちらかというと精霊のような存在であった先祖が、いまと同じようにサツマイモを食べる人間になったのだと説明される。
 
同じ頃、サツマイモがタリ盆地にもたらされた。このサツマイモは南米から海を越えてきたわけではなく、コロンブスがヨーロッパにもちかえったものが東南アジア経由で持ち込まれたものだと考えられている。よく知られているように、サツマイモは乾燥した土壌を好むために、水はけの良い火山灰土壌でよく育つ。日本でも火山のおおい地方でサツマイモが栽培されるのはそのためである。タリ盆地にもたらされたサツマイモは人々の生活を劇的に変化させた。耕作可能地は、標高二〇〇〇メートル以上の盆地周辺部にまでひろがり、それまでのタロイモ栽培に比較すると、タリ盆地の作物生産量は大きく増加した。植え付けのためのマウンドをつくること、マウンドに肥料になる草をすきこむこと、水はけを良くするために排水溝をつくることなど、サツマイモの耕作技術は急速に集約化した。食料生産が増加・安定したことで、人口は急速に増加し始めた。
 
しかしながら、このようなサツマイモ農耕の集約化はトレードオフも伴っていた。耕作地が拡大したことで狩猟の対象となる野生動物はほぼ絶滅し、畑にはサツマイモばかりが栽培されるようになった。成人男性が食べるサツマイモの量は一日あたり二キログラム以上、中くらいの大きさのサツマイモに換算すれば一〇本分である。まさに、朝も昼も夜もサツマイモの食生活が成立した。サツマイモをどのように食べるかということに、人々がこだわるようになったのは当然であろう。
 
灰焼きと石蒸し料理
 
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灰焼きにするサツマイモは、皮を削り遠火で乾かす。
 
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収穫したサツマイモを手製の網袋に入れて運ぶ。
 
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巨大な石蒸し料理の様子。ブタが何匹も調理されている。(すべて筆者撮影)
 
きわめて主観的な評価ではあるが、タリ盆地のサツマイモは大変おいしいものである。嗜好品でなく主食であるための条件だろうか、いろいろな品種があるが、どれも日本の焼き芋につかわれる品種ほどは甘くなく、あっさりとした味である。
 
もともと、タリ盆地では土器の利用が一般的ではなかったので、サツマイモの主たる調理法は、灰焼きと石蒸しであった。灰焼きが日常的な調理、石蒸しは特別な場面での調理である。灰焼きにする場合、まず竹ナイフで、サツマイモの皮を削りおとす。皮を削ったサツマイモは、たき火のまわりに並べて、表面を乾かし、軽く焦がしていく。表面が乾燥してパリパリになり、すこし焦げ目がつくと、地炉の掘りくぼめた部分にある熱い灰にうずめて、その上に熾火をおく。熾火が消えないように注意しながら六〇分ほどかけて火を通していく。この調理法のポイントは、最初に皮を削って表面を軽く焦がすことと、長い時間をかけて加熱することである。
 
地炉にある灰の量とサツマイモの大きさにもよるが、一回に調理できるサツマイモは、中くらいの大きさのものをせいぜい一〇個である。家族が多い場合は、最初に子供のサツマイモを調理し、そのあとで大人のサツマイモを焼くこともおおい。木製の火ばさみをつかって、イモを突き刺さないように注意しながら、灰からサツマイモを掘り起こす。
 
一方、石蒸し料理は、一度にたくさんのサツマイモを調理することができる。これは、石の蓄熱を利用した調理方法であり、大量の石をたき火で焼くことから調理が始まる(石の蓄熱量は大きいので、こぶしくらいの大きさの石でも、よく焼いたものは、バケツに入れた水を何度も沸騰させることのできるくらいの熱をためることができる)。よく焼いた石を、地面に掘った穴にしきつめていく。穴の大きさはさまざまで、家族のための石蒸し料理では直径七〇センチメートルほどの穴が、戦争の手打ちなどたくさんの人が集まる場面での大きな石蒸し料理では、幅二メートル・長さ二〇メートル以上の巨大な穴が使われる。
 
食べ物が焼いた石に直接ふれると焦げてしまうので、敷き詰めた焼石は、シダやバナナの葉で厚くおおう。その上に、サツマイモをはじめ、カボチャ、ハヤトウリ、バナナなどを置き、あれば、背開きにしたブタをその上にのせる。それを再びシダやバナナでしっかりおおい、全体に水をふりかけたうえで、土をかけていく。なかの蒸気がもれないように、完全に土で覆い、四〜五時間、蒸し焼きにする。
石蒸し料理で調理したサツマイモもまた、おいしいものである。蒸し上がったサツマイモはあざやかな色であり、適度にしっとりとして食べやすい。焦げたシダやバナナの葉がほのかにかおるのも悪くない。冷えると芋ようかんのようなねっとりした味になり、それもまたおいしい。灰焼きのサツマイモが冷えるとあまりおいしくないのと対照的である。
 
品種のこと
 
一九七〇年代の民族誌によると、タリ盆地には四〇以上のサツマイモ品種がみられたという。私が滞在した一九九〇年代にも、村の畑には、二〇以上の品種が確認された。たくさんの品種を栽培する動機は、「おいしく」サツマイモを食べたいからである。サツマイモしかないのだから、なるべく違うサツマイモを食べたい、苦みのあるサツマイモ、あっさりしたサツマイモ、水っぽいサツマイモ、堅いサツマイモ、いろいろあるから飽きずに食べ続けることができると、人々はいう。
 
実際、フリの人々は、新しいサツマイモ品種を自分の畑に栽培することに大変熱心である。よその地域から、自分の畑にない品種のサツマイモの蔓をもちかえることもおおい。新しい品種の蔓がお金を介して取引されることもある。ありふれた品種の蔓には経済価値はないので、そこで支払われるお金は「新しさ」への対価である。
 
新しい品種の蔓が畑に植え付けられ、数ヶ月後にサツマイモが収穫されると、家族や友人とあれこれと品評する。その味が気に入れば、その品種の蔓を自分の他の畑にも植え付け、また友人たちにも蔓をわける。このようにして、新しい品種は盆地全体にひろがり、同時に、古い品種は消え去っていく。おもしろいことに、老人が子供のころ食べたサツマイモの品種で現在も栽培されているものはひとつもないという。
 
なお、栽培されるサツマイモの品種は、特に乾燥に強いとか、寒さに強いという理由で選択されているわけではなさそうである。サツマイモは乾燥した土壌を好むこと、だから雨が続くとサツマイモの生産性が低下すること、さらに霜がおりるとサツマイモが枯れてしまうことなど、サツマイモの作物としての特徴とその栽培の方法については、人々は大変よくわかっている。それでも、サツマイモの品種ごとに生産性が異なる、あるいは天候不順に対する抵抗性が異なるという話はきかなかった。
 
生業社会の食文化
 
タリ盆地のように自然の優先する世界では、主食となりうる植物は、その地域で持続的に生産可能で、しかも人々がそれなりの栄養状態・健康状態を維持できるようなものでなければならない。だからといって、その食生活では作物の生産性と栄養摂取が優先され「おいしさ」への関心は低いというイメージがあるとすれば、それは誤解である。たくさんの品種を栽培し、複数の調理法を使い分けること、調理に大変な時間をかけることは、サツマイモをおいしく食べたいという思いがあってはじめて可能となることだからである。
 
「自分とは異なる食文化を評価する際には、自らの食についての嗜好を相対化するだけでなく、味覚の感受性が不足する可能性を自覚すべきである」という戒めは、パプアニューギニアのような生業社会における食文化を味わうときにこそ、強く意識しなければならないのだと思う。パプアニューギニアへの旅行も便利になったことだし、おいしく調理したタリ盆地のサツマイモをそのうち皆様にも食べていただければと思う。
 
 
梅崎 昌裕
(うめざき まさひろ)
1968年生まれ 長崎県出身 東京大学大学院准教授
専門分野:人類生態学
著書:『ブタとサツマイモ―自然のなかに生きるしくみ』、『人間の生態学』(共著)、『オセアニア学』(編著)、他
(上記は紙面掲載時のプロフィール)