海外「食」レポート<韓国編>(5)守屋 亜記子

男性の野外料理

 儒教の国韓国では、「男子厨房に入らず」というイメージが強い。確かに、普段は台所に入らない男性が多いが、最近では週末に家族のために腕を振るうという人も見受けられる。ことに、野外に遊びに出たら、包丁を握るという男性も多いようだ。
 
 先日、友人の家族十数人と一緒に二泊三日で川遊びに行ったときのことである。出発前から「女性たちの手に水滴ひとつつけさせないよ」と男性陣から言われていた。ペンションの主人も「ここでは、男性が料理をするのがあたりまえ」だという。あいにくの雨だったが、男性陣はガーデンテラスに手際よく天幕を張り、テーブルセッティングに抜かりがない。その日の夕食メニュー、豚肉、ソーセージ、塩サバの炭火焼、鶏肉のホイル焼き、パ・ムッチム(*1)、サンチュ(*2)、ニンジンときゅうりのスティックサラダ、青唐辛子、サムチ”ャン(*3)、千切りキャベツのドレッシングあえ、白菜キムチ。食後には、おき(炭火)で蒸し焼きにしたサツマイモとスイカが供された。翌日の朝食は、インスタントラーメンと冷ご飯、白菜キムチ。いかにも二日酔いの男性らしいメニューだ。昼食は参鶏湯(*4)、夕食は川で釣った魚で水団入りのメウンタン(*5)を作ってくれた。皿洗いや掃除もすべて男性たちが行い、女性たちは上げ膳据え膳の三日間であった。
 
 妻たちによれば、日ごろ夫が家で料理をすることはなく、年に一度野外遊びに出かけたときだけ作ってくれるのだという。「なぜ、野外では料理を作るの?」と男性たちに尋ねてみたところ、「1年を楽にすごすため」とか「遊びに来てまで妻に炊事をさせるのは申し訳ないから」という答えが返ってきた。日ごろ家事を手伝わないことに多少の後ろめたさを感じているのだろうか。なるほど、年に1度とはいえ、家族のために料理を作り、妻に楽をさせてあげれば、日ごろの不満を多少なりとも解消でき、来年の行楽シーズンまでちょっと大きな顔をしていられる、というわけだ。家族サービスのためには、男子も厨房に入る、ということのようである。
 
 「韓国はすごい。家族一人一人にトイレがあるなんて!」1960年台後半に、慶尚北道安東に赴任したフランス人神父は、訪問先の家でトイレを借りようと裏庭に行った際、チャントッテ(味噌、醤油などを入れた甕を置く小高いスペース)にずらりと並んだ甕を見たときの驚きをこう語ったという。
 醤油を甕に仕込み、日当たりのよいチャントッテにおいておくと、次第に水分が減り濃い口になる。色の薄い新醤油は汁物に、年数のたったものは煮物に、濃い口は薬飯(クリやナツメなどを入れた甘いおこわ)の色づけにというように使い分けられていた。現在80歳を超える知人は、幼い頃、賓客の接待に100年物の醤油が使われていたことを覚えているという。かつては醤油甕の多い家ほど伝統のある家といわれたものだが、今やチャントッテはおろかチャンの仕込みさえ目にすることが難しくなった。都市部のアパート暮らしでは甕を置くスペースなどないし、忙しい主婦には市販品を買うほうが楽だからである。
 
 そんな中、去る4月、ソウル市内の百貨店で、韓国農漁業芸術委員会が主催する「大韓民国の名品LOHAS(Lifestyles of Health and Sustainability)食品展」が開かれた。貯蔵期間が最短でも5年、長いものだと100年を超える醤油、味噌などチャン類の展示、即売会である。目的は長期間発酵、熟成させた農水産物を骨董品、農漁業芸術品として発掘、展示、販売することにより、農漁村経済の活性化を図ることにあるという。ギャラリーには50あまりの宗家(父系で代々続く直系親族)、農家から集めた「作品」が120点あまり展示されていた。中でも朝鮮時代末期の王妃純貞孝皇后尹氏が使っていたという醤油は、甕の底で結晶となり黒光りしていた。主催者曰く、「韓国のチャンは、時を経てやがて黒い宝石となる」。お値段は、1リットルあたり500万ウォン(100ウォン≒82円/2006年5月時点)。17年物の味噌は、「ヤッテンヂャン(薬味噌)」という名で、2キロで50万ウォンの値段がつけられていた。
 
 テレビ局のインタビューに、来訪者のアジュンマ(おばさん)が答えていた。「新醤油を仕込んだら、古い醤油なんて捨てていたわ。醤油って古くなっても使えるのね。」どうやら、骨董品になりつつあるのは、醤油よりも古い醤油を使う知恵の方であるようだ。