セビチェ

サツマイモとトウモロコシを添えたセビチェ

 なんでも食べる酩酊先生のことではあるが、一つだけ苦手な食べものがある。それはサツマイモである。
 酩酊が五歳のとき太平洋戦争がはじまり、家が空襲で焼かれて疎開をして以来、何年もサツマイモで飢えをしのぐ生活がつづいた。わが家の経済状態がよくなり、米の飯を毎日食べられるようになると、「これからはサツマイモを食べずに人生を過ごしたい」と、おさな心に思ったことである。
 大学院生のとき、ニューギニア中央高地の探検に出かけたところ、そこでの主食のサツマイモで毎日くらすこととなった。
 そんなことで、サツマイモの味がきらいなわけではないが、それを食べることに、心理的な抵抗感をおぼえるようになったのである。
  だが、酩酊の好きな献立のなかで、一つだけサツマイモを欠かせない料理がある。それがペルー料理のセビチェである。
 
 セビチェは、日本料理の魚介類の鱠(なます)、西洋料理では魚のマリネにあたる。生魚を食べるのは日本人だけだといわれるが、そんなことはない。セビチェには生の魚や貝や、タコやイカをゆでたものを主材料として使用する。
 写真にしめした、わが家でつくったセビチェを紹介しよう。
 ボールにレモン汁をたっぷり入れ、そこにニンニクとコリアンダー(香菜)の葉のみじん切り、鷹の爪の輪切り、塩、コショウを溶いておく。そこに刺身用の鯛とゆでたタコを一口大に切ったものと、赤タマネギのスライスを入れて、よくかき混ぜ味をなじませてから盛りつける。つけあわせは、ゆでたサツマイモとトウモロコシの輪切り。
 この料理のコツは、レモン汁に漬けすぎないこと。漬けすぎて魚肉の芯まで白く色が変わってしまったら、魚の持ち味がうしなわれてしまう。
 刺身になる材料ならなんでも使えるし、コリアンダーの葉のかわりに、コリアンダーの粉末など好みの香辛料やパセリのみじん切りで代用してもよい。ゆず胡椒や塩麹で味つけをしてもよい。簡単な料理法だが、酒のさかなにもってこいの一品である。
 セビチェの調味料にはトウガラシが使われるし、サツマイモ、トウモロコシが添えられることがおおい。いずれも中南米原産の作物である。
 わたしのフィールドノートには、ペルーでセビチェを口にしたときの感想が、「ふだんサツマイモを食べない自分だが、酸味とトウガラシの辛味のきいたセベチェを食べるときだけは、甘いサツマイモの味があう」と記されている。
 
 セビチェはクリオーヤ料理である。ラテンアメリカでクリオーヤ料理、カリブ海でクレオール料理とよばれるものは、中南米を植民地化したヨーロッパ人の食文化と、先住民のインディオの食文化、ヨーロッパ人が奴隷として連れていたアフリカ人の食文化が交流して形成されたものである。 インカ帝国の中心地で、征服者のスペイン人の植民地行政の中心地であったペルーでは、クリオーヤ料理が発達し、現在のペルーの家庭の食事の献立のほとんどはクリオーヤ料理である。
 ペルーではスペイン人が征服する以前から、塩やトウガラシで味つけをして魚介類を生食することがおこなわれていた。スペイン人の征服者たちは、ペルーへの航海の途中で北アフリカ沿岸を襲い、アラブ系の女性を奴隷として連れてきたそうだ。その奴隷女たちが、スペイン人のもたらしたレモン、ライムの柑橘類やニンニクを使って土着の生魚料理を改良したのがセベチェである。
 セビチェは酒のつまみとしてよく食べられるペルーの国民食であり、レストランでは前菜として供されるが、セビチェリアというセビチェ専門店もある。セビチェはペルーの国民料理となり、メキシコなど中南米諸国の沿岸部にも普及した。日本の中南米レストランでもセビチェを食べることができる。