歯茎で味わう

石毛研究室の酒置き場。背後の黒色の家具はワインセラー。

 不精者の酩酊先生のことである。朝食後に一日一回の歯磨きをするだけである。それでも歯は丈夫で、一本も抜けたことがなく、上下あわせて28本の永久歯が全部自分の歯で、固い煎餅でもパリパリ噛むことができる。
 歯が丈夫なので、77歳の現在でも大食軒の名に恥じずに、なんでも食べることができる。
 しかし、味覚と嗅覚には衰えを感じるようになったこの頃である。わたしがつくった料理は、自分にとってはちょうどよい味つけなのに、「味が濃すぎるし、香辛料がききすぎている」と、家人から小言をいわれるようになった。
 加齢にくわえて、半世紀以上におよぶ喫煙歴で味と香りの刺激に鈍感になり、つよい味つけをするようになったのである。
 
 だが、老年になって知った、味わいかたもある。それは、歯茎で味わうことである。 
 2年ほど前、なかなか噛みきれない食べものを、ぎゅっと食いちぎろうとすると、歯肉に痛みを覚えるようになった。また、歯と歯のあいだに隙間ができ、そこに食べものがはさまるようになった。
 歯科医に診てもらうと、歯周病にかかっているという。歯の表面に歯石がつき、歯石の細菌が歯周病を起こすのだという。そこで歯肉に炎症がおきて、歯がグラグラしたり、歯と歯のあいだの隙間があいたのだ。
 しばらく治療に通って歯周病は完治した。しかし、歯茎の隙間はふさがらず、食事をすると食べかすがつまるので、つま楊枝を使用しなければならない。それまでは、食後につま楊枝で歯間をせせる人を「カッコワルイな!」と観察していたのだが、わが身のこととなったのである。
  だが、わるいことばかりではない。酒を歯茎の隙間を通して口腔に流しこむという、あたらしい酒の飲み方ができるようになったのである。
 味を感知する味蕾(みらい)は舌に分布し、歯や歯肉にはない。歯肉が感じるのは温度や刺激である。
 酒を一気に口腔に流しこむことをせず、まず、歯と唇のあいだに貯めてから、歯茎の隙間を通して、すこしずつ舌の上に流しこむ。
 すると、まず感じるのは、酒の温度と刺激である。ビールや炭酸割りのカクテルなどは、歯肉にさわやかな刺激を感じさせる。ワインとスパークリングワインを飲みくらべると、刺激感の違いがよくわかる。おなじ瓶の酒でも、冷たい状態で飲むのと、常温で飲むのとでは、歯肉での感じがまるっきりちがう。
 歯肉での刺激感を確かめたあと、歯茎の隙間から、少量の酒を舌に移動させて、口腔内でひろがると、適度に香りをふくんだ空気が鼻腔に移動する。また、酒を歯茎のあいだから、すこしずつ舌に移動させると、一気飲みではわからない微妙な味がわかるような気がする。
 一口分の酒を一度に舌のうえに流しこむ、いままでの飲み方ではわからなかった酒の味を楽しむようになったのである。それが生理学的に正しいことかどうかはべつとして、わたしにとっては、酒のあたらしい飲み方を発見したのである。
 熱いスープを歯茎を通して飲むことはできないが、適度にさめた煮物の汁などのあたらしい味わいかたを楽しんでいる。
 
 写真にしめしたように、石毛研究室と称する仕事場には、さまざまな種類の酒瓶が常置してある。飲酒は午後5時以後ということにしてあるのだが、午後に酒を飲む友人が訪れたときには、腕時計の針を早回しして、飲酒解禁の時間になったことにして、酒盛りをすることがしばしばある。
 そんなとき、つぎつぎと酒をかえて、種類のちがう酒の歯茎を通じての刺激を比較する飲み方を楽しむようになった。
 しかし、歯と唇のあいだをふくらませてクチュクチュさせながらチャンポンに酒を飲む、現在のわたしの飲み方は品がない酒癖といわれそうだ。