梅酒自慢

1978−81年の自家製梅酒

 

大発見をした。

酩酊先生にとっては、学術上の発見よりも貴重な発見である。押し入れの奥から、1978年から1981年に漬けた年代物の梅酒が出てきたのである。1978年は甲類焼酎漬け、1979年はブランデー漬け、1980年はウイスキー漬け、1981年は日本酒漬けの梅酒である。

話は1970年頃にさかのぼる。当時、わたしは典型的な夜型人間であった。晩酌のあと一眠りして起き出し、夜明け近くまで机に向かい、寝酒をして寝床にもぐり、出勤時間までまどろむ生活パターンであった。結婚して、台所つきの家に住むようになり、手料理を楽しむことが可能になった。そこで、夜なべ仕事が終わると台所に立ち、寝酒の酒肴を3~4品こしらえるのであった。枕元に皿を並べ、寝床に腹ばいになって、一人だけの宴会をするのであった。寝酒がまわると、杯盤狼藉のあとかたづけをせず、そのまま熟睡する。そのうち女房が音をあげ、夜明けの宴会は中止のやむなき事態となった。だが、寝酒なしでは眠れない。つまみなしで飲めるのは梅酒だということで、ビールのジョッキで梅酒をガブ飲みするようになった。毎晩飲むので、家でつくる梅酒の量も半端ではない。出入りの酒屋が、梅酒用の焼酎の量におどろき、「お宅では風呂桶で梅酒をつくるのですか?」とあきれていた。焼酎と氷砂糖を使用する普通の梅酒のほか、蜂蜜や黒糖、ウイスキー、ブランデーなどさまざまな種類の酒の梅酒つくりをした。漬けたあとの梅の実は、シャーベットやジャムに加工する。1980年代後半から、夜型人間であることをやめたので、梅酒を飲む量はすくなくなった。そして、毎年少量漬ける梅酒の瓶に隠されて、古い梅酒が眠っていたのである。
 
30年物の梅酒の味はすばらしい。瓶の底には黒い澱がたまっているが、上澄みは濃い琥珀色をした液体である。いずれも、シェリー酒にも似た味があるが、まろやかさのなかに、梅の香とさわやかさが残っている。とくにウイスキー漬けの梅酒が絶品である。蒸留酒にくらべてアルコール度数の低い日本酒で漬けたものは、酒が梅の実に負けて、いささか酸味のきついものになっていた。梅酒についての最古の記録は、1697年に刊行された『本朝食鑑』にあらわれる。この本は医学書でもあるので、「痰を消し、渇きを止め、食を推め、毒を解し、のどの痛みを止める」と、薬酒としての梅酒の効能についても述べられている。梅酒の製造法には、あく抜きをした梅の実を古酒と白砂糖で漬け、20日たったら飲める、と記されている。「年を経たものが最も佳い」とも書かれているが、わが家のように超長期間たって飲むことはなかったであろう。江戸時代後期になると、梅酒のつくり方を述べた文献がいくつも現れるが、いずれも焼酎ではなく日本酒で漬けて、20日から40日で飲めるとある。日本酒でつくった梅酒は、はやく飲んだほうがよいものらしい。江戸時代の変わった梅酒としては、塩抜きした梅干しを漬けたものや、梅の実ではなく白梅の花を数百個漬けてつくる梅酒がある。当時は、くせのない白砂糖を使用するのが定法であったようだ。白砂糖はぜいたく品であったので、それを大量に使用する梅酒は、上等の酒であっただろう。焼酎と氷砂糖を使う梅酒つくりが一般化するのは、明治時代以後のことである。
 
英国での小さなパーティに出席するとき、梅酒の瓶をさげていったことがある。ソーダ割りで食前酒に、食後酒にはストレートで供したところ、「日本には、こんなにすばらしいリキュールがあるのか」と絶賛されたことである。

梅酒は世界に誇れる日本のリキュールである。