小鳥との共食

スズメと一緒に昼食

平成23年度の統計によると、日本の75歳以上の後期高齢者数は1471万人で、総人口の11.5パーセントを占める。女性のほうが長生きをするので、高齢になるほど女性の比率がおおくなる。かっての日本社会では、高齢者が子ども夫婦や孫とくらす三世代家族もおおかったが、現在では高齢の女性が一人だけで暮らす単身世帯がおおくなった。単身世帯では、友人や地域の人びととのつきあいがすくなく、社会的孤立をまねくことがおおい。

酩酊先生も、もうすぐ満75歳の誕生日をむかえ、後期高齢者の仲間いりをすることになる。そろそろ「老後の生活設計をするべきだ」と忠告する知人もいる。「そんなしんきくさいことを考えるのは苦手だ。ケ・セラ、セラ・なるようになる。さきのことなどわからない」と返事をするのが常だ。

こんなチャランポランな酩酊の生活のなかで、お年寄りの食生活の参考になりそうなことを、2点だけ紹介することにする。

わたしは、学生時代から料理ずきであった。台所を使用できる下宿に住んだときは、よく自炊をした。しかし、一人きりで食べるのは侘びしいものである。こった料理をつくったときなどは、苦心の作を批判したり、ほめてくれる相手が必要である。

食べることには快楽がともなう。自分でつくり、一人っきりで食べて、自己完結する食事は、性の快楽にたとえたら、オナニーである。

そこで、料理をつくったときには、食事代のかわりに、あと片づけや、皿洗いをするという条件で、友人たちを招いて会食をすることをこころがけた。

料理ずきの者にとっては、自分の料理を食べて、よろこんでくれる人びとがいることが、生きがいにつながる。ならば、料理自慢のお年寄りの家に、近隣の一人くらしの老人が集まり、一緒に食事をする会をつくったらどうであろう。

食は日常生活における最大のコミニケーション媒体である。食事を共にすることによって、高齢者の社会的孤立をふせぐこともできる。

文化とは、他の動物にはみられない、人間に特徴的な観念や行動である。そこで、「人類は言語を使用する動物である」とか、「人類は火を使う動物である」など、人間の文化を説明するテーゼがいくつかある。

食文化に関していえば、「人類は料理をする動物である」、「人類は共食する動物である」というのが、わたしのつくったテーゼである。

料理については自明のことなので省略し、共食について説明しよう。親鳥が巣立つまえの雛鳥に餌を運んで食べさせることが知られている。しかし、動物は成長したら、原則として一頭一頭、一羽一羽が餌をさがし、個体単位に食事をする。しかし、人類の食事の原則は、食をわかちあって食べることにあり、共食の基本的単位集団が家族である。もちろん、単身赴任者の外食など、個体単位で完結する人間の食事もあるが。


ここで、わたしの昼飯について紹介しよう。

家に一日中ごろごろしていたら、粗大ゴミあつかいになるので、わたしは個人的な事務所を開設し、そこに毎日出勤する。昼食は一人っきりの外食である。コミニケーション相手のいない外食が数日続くと、わたしは「遠足」に出かけることにしている。コンビニ弁当と、ワインのミニチュア瓶、あるいは缶ビールを買って、自転車で30分ほどの河原や公園にいって、一杯やりながら昼食をとるのが、わたしの遠足である。

このとき、弁当の米飯を小鳥におすそわけする。はじめは警戒していたスズメが寄ってきて、つつきはじめる。そのうちハトの群れもやってくる。警戒心のつよいカラスは、わたしが立ち去ったあとの残飯整理係である。このように、小鳥とわたしが共食するのが、遠足である。

一人暮らしの老人も、ときには遠足に出かけ、小鳥や自然と対話しながら、食事をすることをおすすめしたい。