食事時間

「酩酊の朝食」

若い頃の酩酊先生は早飯であった。人と一緒に食事をすると、一人だけさきに食べ終わって、手持ちぶさたで困ったのである。結婚をして、晩酌をするようになると、酒を飲みながら、長時間かけて食事を楽しむようになった。いまでは、会食をすると、他の人が食べおわったあとも、酩酊だけが箸を置かず、迷惑をかけている。
 
自分の食事時間を計測してみることにした。
勤め人生活をおわり、自由業の身の上なので、朝寝坊を楽しみ、九時頃になって朝の食卓に着く。昼食まで間もないので、朝は軽食である。
写真は昨日の朝食献立である。毎朝かならず、自家製のヨーグルトと、野菜ジュース、少量の果物(写真はリンゴ二切れ)を口にする。ほかに昨日は乾燥野菜ミックスとガーリックトースト(いずれも既製品)を食べた。食事時間、20分。
 
朝食後、石毛研究室と称する事務室に出勤して、原稿書きなどをするので、ふだんの昼食は外食である。糖尿病の薬を飲んでいるので、間食はせず、定食を注文しても、米飯には手をつけないなど、低カロリーの食事を心がけている。といっても、アルコールの誘惑にまけて、ビールを注文したりするので、摂取カロリーは人並みになってしまう。昼食の平均時間は40分。
 
自宅での晩食が、いちばんの楽しみの時間である。まず、三品くらいの突き出しで、晩酌をはじめる。その日によって、飲む酒の種類はちがうが、いちばんよく飲むのは、日本酒か赤ワインで、日本酒に換算すると三合弱が、晩酌における平均アルコール摂取量である。
肉料理や魚料理の主菜を食べる頃になると、家族も食卓に参加する。酒を飲みながら、2〜3品の主菜や汁物を腹中に納めると、わたしが食卓に着いてから、一時間半経過している。
 
合計すると、わたしの一日の生活時間のなかで、150分は食卓の前ですごしていることになる。これは、わたしの平均的な生活における食事時間あり、自分で晩食をつくるときは、買い出しや調理にも時間を費やす。
 
わたしは、生きるために食べるのではなく、食べるために生きている人間なのである。 
 
 
1982(昭和57)年に刊行された著書に、わたしはこんなことを書いている。
「NHKの国民生活時間調査によると、昭和40年までは国民一人あたり一日の食事時間は一時間10分台でとどまっていたのにたいして、昭和45年以降は、1時間30分台にまで長くなったことがわかる。それは経済の高度成長がある程度達成されたのちになって、食事を楽しむ余裕が生まれたことをしめすものであろう。ラテン系の民族にくらべたら、まだ日本人の食事時間は短いといえようが、それでも早飯が美徳とされてきた日本社会において、20分も食事時間が長くなったことの意義はおおきい。それは、快楽の持続化志向が日本人の食事にもあらわれたことを物語るものである」(『食事の文明論』 中公新書)
 
では、現在の日本人の食事時間はどうなっているのだろう?インターネットで、「食事時間、国際比較」というキーワードで検索してみて、おどろいた。日本は世界三位の食事に時間をかける国となっていたのである。2006年の資料による国際比較では、1位フランス135分、2位ニュージーランド130分、3位日本117分、4位イタリア114分の順である。17カ国の比較のなかで英国は12位の85分、米国15位74分という結果である。
 
英国系の移民のおおいニュージーランドが2位なのは、意外であったが、海外の食文化をとりいれ、この国の食生活は近年豊になったという。 どうやら、日本は世界のなかでのグルメ国となり、わたしのように、食べるために生きる人がおおくなったようである。