ナガランドのライスビール

ナガランドの家畜であるミトン牛の角杯と竹筒の酒杯。アンガミ・ナガ族。

「世界各地でレッテルのない酒を、オレほどいろいろ飲んだ奴はいないだろう」というのが、酩酊先生の自慢である。

酒の味ききのプロであるソムリエやバーテンダーは、何百種類もの世界の酒を試飲した体験をもつ。しかし、それらの酒は瓶にレッテルを貼った市販の銘酒である。レッテルのない酒とは、市販を目的とせず、民衆が自家醸造した酒のことである。いいかえるなら、税金を払わないでつくる密造酒である

酩酊の若い頃は、世界各地の僻地で民族学の現地調査をすることがおおかった。酒屋のない村に滞在するとなると、村人がつくった地酒を飲むことになる。タンザニアの奥地の村で長期調査をおこなったときは、村でいちばんの酒つくりの名人の家に下宿をして、トウモロコシを発芽させてつくるドブロクを飲んでいた。

酒に意地汚い酩酊のことである。アフリカの蜂蜜酒、バナナ酒、モンゴルの馬乳酒、東南アジアのヤシ酒など、数えきれないほどの多種類のレッテルのない酒を飲んできたのである。


今回は、ナガランドで飲んだライスビールの談義をしてみよう。


本号掲載の「伝統的酒造法の類型と分布」で述べたように、酒は糖分のある材料を発酵してつくられる。果実、蜂蜜、樹液、乳のように糖分を含む原料をもちいる場合は、発酵に適当な条件をととのえたら、比較的簡単に酒ができる。

穀類やイモ類の澱粉のおおい原料から酒をつくる場合は、澱粉を糖に分解する操作が必要である。そのためには、澱粉の分解酵素を含む物質を加えて、澱粉を糖に変えなくてはならない。

そのためのためには、①唾液の酵素をもちいる口噛み酒、②種子の発芽のさいに生成される酵素を利用するモヤシ酒、③カビが生成する酵素を利用するカビ酒の三方法がある。

 現在のユーラシア大陸では口噛み酒は消滅してしまった。インドより西方がモヤシ酒、東方がカビ酒の伝統的な分布域となっている。

モヤシ酒の代表は、オオムギに吸水させて発芽させた麦芽(モルト)でつくるビールである。アフリカでは雑穀やトウモロコシを発芽させてつくる酒もある。東南アジアや東アジアでは、さまざまなカビ(コウジ)を穀物に培養して酒つくりをする、カビ酒地帯である。


インド東部のナガランド州で短期間の調査をおこなった。酒を飲まないヒンドーゥ教徒のおおいインドのなかで、東南アジア系の民族が人口の大半を占めるナガランドのことである。飲酒は非合法とされているが、民家ではコメを原料とする自家醸造の酒をつくっている。

その酒造法には、コメの粉を練ってカビを生やしたコウジをもちいる方法と、稻籾のモヤシからつくる稲芽酒=ライスビールの二つががある。

稲芽酒つくりには、モチ米の稲籾を3日ほど水に漬け、水切りをしてから壺にいれて発芽させる。2〜3センチ稲芽がのびた稲籾を乾燥させて保存しておく。酒造のときは、稲芽を粉にして、モチゴメの粉でつくった粥に混ぜて、夏なら2〜3日、冬は一週間置くと飲み頃になる。写真にしめした竹筒や、ミトンウシの角でつくった酒杯をもちいて飲む。

白色で泡立ち、ほのかな甘味のする、カルピスのようなさわやかな味であると、わたしのフィールドノートには感想が記されている。

この調査に同行した故吉田集而さんは、カビ酒の起源についての新説を発表している。西方起源のモヤシ酒の製法が東方に伝わり、高温湿潤の稲作地帯で稲籾酒をつくろうとするとカビが生えてしまうことがある。そのカビの糖化力を積極的に利用するようになったのがカビ酒であるというのである(吉田集而 『東方アジアの酒の起源』 ドメス出版 1993年)。