酒育談義

酩酊先生愛用の酒器

 

飲み助の酩酊先生のことである。酒にえこひいきすることはない。アルコールのはいった液体なら、なんでも口にする。自分で晩飯つくりをするときには、いつも酒との相性を考える。そのとき、今晩はこんな料理を食べたいという食い気が先行する献立プランに相性のよい酒を選ぶ場合と、飲み気が先行して、そのとき飲みたい酒にあわせて献立を考える場合の二通りがある。日本酒、ビール、ワイン、中国酒、ウオッカなど、晩酌に飲む酒もさまざまである。そんな酩酊先生が、「日本酒で乾杯推進会議」の代表になってしまった。日本酒で乾杯することによって、日本文化をみなおそうという趣旨の会で、3万人近くの会員がいる。会費は無料で、会員は、この会が主催する日本酒と日本文化に関する講演やシンポジウムに参加できる。これらの会合のあとには、全国の日本酒を試飲できるパーティがある。くわしくは、「日本酒で乾杯推進会議」のホームページを参照されたい。
 
そんなこともあり、「酒育」に関心をもつようになった。「食育」に対応することばであるが、この文字をサケイクと読むべきか、シュイクというべきかも確定していない。いずれにせよ、酒育が必要となったのが、現代日本である。「食育基本法」が制定され、学校教育でも食についての教養を子どもに教えるようになった。おなじように、酒についての知識や、健全な酒とのつきあいかたを教えるべきではなかろうか。日本酒、ビール、ワインの醸造法のちがいや、蒸留酒のつくりかたなどは、理科の教材としても役立つはずである。しかし、酒は悪であるときめつけて、酒や飲酒についていっさい語らないのが、教育界の主流である。学校で性教育をするにもかかわらず、酒育の教科がつくられることは期待できそうもない。
 
20歳以上にならないと、飲酒ができないのが日本の法律である。食事にビールやワインがつきものの国々であるオランダ、ベルギー、イタリア、フランス、スペインでは、16歳から飲酒が法的に許可される。このような場所では、家族の食卓が酒育の場ともなっている。食事の基本単位が家族であるのにたいして、酒は社会的コミュニケーションの媒体である。江戸時代の都市で独酌をする人々が現れたが、もともと日本の酒は祭りなどの行事のとき、家族の枠をこえて、人びとが集まって飲むものであった。そこで酒が飲める年齢になると、一人前の社会人が身につけるべき教養として、酒についての社会教育がなされた。地域社会では、はじめて神社の祭礼に参加する若者に、年長者が直会(なおらい)の宴会の杯の作法について教えてくれた。かっての会社の宴会は、新入社員に得意先との酒席での接待のしかたや、上役への酒の薦めかたを教育する場であった。
 
飲酒の個人化が進行した現代では、人に気をつかうことなしに、自分勝手に飲んだらよいということになった。女性の飲酒が普及したが、粋な酒の飲みかたを教えてくれるお姐さんもいない。ワインの講釈を得意げに語る若者はいても、日本文化の産物の日本酒については無知である。社会の側での酒育が望めない現状では、パーソナル・コミュニケーションにまかせるほかはない。年長者が、若者に飲酒や酒の教養をさりげなく伝授することである。家庭での晩酌のさいに酒談義をして、粋な飲み方を見習わせることである。  
 
じつは、意地きたなく大酒をする、わたし自身が酒育の必要な人間である。晩酌のさい、未成年の子どもたちに一杯だけ味見をさせたりすることもした。わたしの子どもたちは、酒好きとなったが、父親のようなだらしない飲みはしないようになった。家庭における酒育の反面教師としての成功例である。